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『人間に、なれたんでしょうか。』
「もう、充分。俺の眼の前の君はちゃんと生きてる人間やで？」
そっとAは目をそらすと、その手で握りしめていた〈モノ〉を地面へポトリと落とした。それは一見するとただの鏡であろう。チーノはそれをじろりと見ると革靴で鏡面を思い切り踏んだ。パキッと音を立ててそれは割れてしまい、もう役目を果たすことは出来なくなってしまった。
『もう、帰る所はありませんね。』
「せやな」
Aは割れた破片を拾った。つるりとした鏡面はかつての姿を失い、何処を触れてもちくりとした痛みが襲う。その側面を人差し指でそっと撫でれば、ぷつっと皮膚を破ってそこから赤い血が流れ出てきてしまった。チーノはその指をそっと掴んで流れ出る赤を口の中へと飲み込んだ。驚いたAはその場を後退るも彼はその手を離さなかった。
「Aさん、最期くらいは、畏まった言い方せんでほしいわ。」
『難しいことを…』
「呼んでや？チーノって。」
手を口許の方へ引き寄せたままでチーノは彼女の次の言葉を待っている。Aはそれを分かっていながらも中々踏ん切りがつかず顔を歪めていた。沈みかけていた赤はゆっくりとその栄光を終えようとしている。その光が陶器の様なAの頬を照らした。その熱と別れを告げるようにAはそっと口を開いた。
『チーノ』
「なぁに？」
『ありがとう』
にこりと微笑む姿は、チーノがはじめて彼女と出会った姿からは想像もつかないあどけなさが残る少女のようであった。ぎゅっとそのままAを抱きしめてチーノは一つだけ雫を落とした。2人の熱がじわじわと合わさってゆく。煙草と混じったバニラの香りがふわりとAの鼻孔をくすぐった。心地よい潮風が辺りを包んでいる。くしゃりとAの頭を撫でてチーノは一つ二つと口を開いた。
「今日は本当に楽しかった？」
『楽しかったよ、本当に。』
「やり残したことはない？」
『…いっぱい、ある。』
「俺もや」
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メイナード(プロフ) - 天の河さん» 天の河様、コメント有難うございます。心中をはじめとした愛故の行動というものは、いつだってどう暴走するか予想の出来ないものですが、それが綺麗で、幸福であったならそれに越した事は無いと思います。閲覧有難うございました、どうか良き日をお過ごし下さい。 (2021年8月15日 19時) (
レス) id: f7c0eb2159 (このIDを非表示/違反報告)
天の河(プロフ) - 著名な方しか居ない合作ともあって、全てのお話が綺麗で、読んでいてとても楽しかったです。心中は個人的にとても大好きなので幸せです。grさんのお話と、馬鹿なshaさんのお話が特に好きです。もう大好きです。ありがとうございました。 (2021年8月15日 16時) (レス) id: cb69af0fdb (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：企画参加者（午後） | 作成日時：2021年8月15日 12時
