一歩か半歩か �� ページ5
ぐっすりと眠っている海咲の髪を梳きながらヴィクトルは額にキスを落とす。
寝息の温かさに海咲が此処に居る事を実感する。
「うーん・・・・加減が難しいな」
少し踏み出すだけで怯えて逃げようとする海咲に、半歩じゃ自分が我慢出来ない。
そもそも、今だって全然足りてない。
海咲丸ごと欲しくて結婚したけれど、気を抜けば近くに居るのに一番遠い人になっている。
自由を愛する君だから、自由に飛び回った後嬉しそうに自分に話をしてくれる海咲が好きだから閉じ込めないと決めたけれど辛いよ、と顔を海咲の髪に埋める。
触れている筈なのに、するりと何時でもすり抜けていきそうで怖い。
海咲を繋ぎとめるにはどうしたら良いだろうか。
同じものを見ているのに、見えている世界が違う。
同じものを食べているのに、感じ方が違う。
同じことを考えているのに、方法も考え方も違う。
「ねぇ海咲、俺はまだ君に追いつけないんだね」
世界中が驚く演技は、全て海咲の世界の残滓。
誰よりも銀盤で楽しそうだった君を苛めた彼女達の所為で世界への扉を閉じてしまった君の光り輝くあの世界に行きたい。
隣にやっと追いついたと思っていたけれど、自分の知っている１７の時の海咲に追いついただけだった。
それからの七年間、自分は海咲を見失っていたなんて言い訳だと思っている。
子どもの世界を保ったまま大きくなったのではなく、世界の煌きを捉える感性を磨いていた海咲。
その感性は、愛を持つ海咲だからと思っていたけれど違った。
その感性は日本人の持つ感性の鋭さであり、柔軟に文化を取り入れられるその受け皿の大きさであり、事実を事実として受け止めるその強さだった。
同じ日本人である勇利もそうだが、自分はいくらほぼ日本人に育てられたと言っても結局はロシア人であると突き付けられる。
「俺は生涯君を追い掛け続けるつもりだけれど、海咲・・・・俺を払い除けないで」
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作者名：若桜 | 作成日時：2018年8月30日 20時
