─── �� ページ3
「……ん、うん……」
今は茶色の透ける黒髪を弄んでいると、身じろぎに目覚めの影。慌てて手を離せば、拘束する腕の力が僅かに強くなる。額が合わさって、もう睫毛も触れそうな距離だ。拍動が少しだけ早まる心地がした。ときめきも含めるが、主に緊張で。
「……たくや、さん……」
そんな河村をよそに、未だその意識を眠りに落としたままの川上からぽろり、爆弾が落とされた。
ファーストネームを呼ぶ特権をまだ得る資格はないと思っていたし、これからも別に名字でいいやと思っていた。そんな河村にとって、その言葉はもう核爆弾以上の威力を持って鼓膜から脳に衝撃を与えたのだった。え、寝言ですよね？
早鐘を打つ鼓動に震える指先、それらを叱咤してしっかりと寝ていることを確認する。確認して、河村は強張った体からへなへなと力を抜いた。というより、寝言だという安心感と少し残念な、心残りに似た何かで力が抜けた。
……危なかった。あれを起きているときにやられたら、多分ときめきで死んでいた。川上の甘く掠れた声、その破壊力を河村はよく知っている。心の準備も間に合わぬまま落とされた爆弾に、心臓は未だ治まらない。体温が一度上がったような気がして、その熱で川上が目覚めないかが心配だった。
……あんな甘い声で名前を呼ぶなんて、夢の中で川上は何をしているのだろう。
ふと、心配の中に愛おしさを抱えていた心に、嫉妬のような思いが湧き上がる。愛おしそうに名前を呼んで、目の前の男を抱きしめて。なのにそのまなこは夢を映して、河村の前には現れない。まさか己に妬くとは、と河村はひとつ苦笑して、今度は淀みない指先でその唇をなぞった。
(さっきはよくもやってくれたな、お前のせいで朝からいっぱいいっぱいだ)
ゆっくりと唇を重ね、ちゅ、とわざと可愛らしい音を立てて離す。震えた瞼に覚醒の気配を覚えて、もう一度。そうして開かれた目はもはや睨むかのごとく眇められていて、世辞にも可愛いとは言えなかったけれど。それさえどうしようもなく愛おしいのだ。勇気を出して、息を吸って。
「……おはよう、拓朗。……いい朝だな」
「…………えっ」
名残惜しくも脚を解いてベッドから降りる。後ろで川上の混乱した声が聞こえてとても気分が良い。たまの早起き、百円以上の収穫に河村は声を噛み殺して笑う。流石に冷えるので昨日脱ぎ捨てた服の山から一枚拝借して、まずは後ろで困惑したままの寝ぼすけにもう一度キスをしようか。
。
続く
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仰げば尊死(プロフ) - 蓮華さん» コメントありがとうございます。こころの揺れや一つ一つの感情を丁寧に書こうと決めていたのでそう言っていただけて嬉しいです。ありがとうございます！ (2020年3月17日 21時) (
レス) id: ddcb5679ba (このIDを非表示/違反報告)
仰げば尊死(プロフ) - みーさん» ありがとうございます。最初は報われるはずだったんです……恋is難解ですね……………… (2020年3月16日 15時) (レス) id: ddcb5679ba (このIDを非表示/違反報告)
みー(プロフ) - 綺麗……とても綺麗ですね。そこらじゅうに舞っている星が柔らかかったり鋭かったり、眩しかったりもう消えてしまいそうだったり。恋とは複雑なものですね。 (2020年3月15日 23時) (レス) id: 62afb683b5 (このIDを非表示/違反報告)
仰げば尊死(プロフ) - みーさん» やはり現実の温かみに勝るもの何も無し……という心持ちで(あと甘々が書きたくて仕方なかった)書きました。ありがとうございます！！ (2020年3月12日 18時) (レス) id: ddcb5679ba (このIDを非表示/違反報告)
みー(プロフ) - 最高……いや最高ですよ……ありがとうございます。甘々、甘受しました。データもいいけど実体験には叶わない。どっかの誰かさんの記事にも、そういえばそんな記述がありましたね(笑)とてもいいお話でした。これからも応援しています。 (2020年3月11日 2時) (レス) id: 62afb683b5 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：仰げば尊死 | 作成日時：2020年2月9日 15時
