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珍しく飲んでいる日本酒はあまり得意ではないが、ほんの少しずつ口をつけている。料理が美味しいから自然とお酒にも手を出してしまうのだ。
「…明日、一応仕事ですもんね」
「そうだね。」
「…」
「…」
肯定の後の少しの沈黙。ずっと言いたかったことを、この場で言ってしまっていいのか。彼が私のための祝いの席と用意してくれたこの場所で、そんな話、していいのだろうか。無意識に箸が止まり、目線が落ちる。
「…榎木さん」
「…なに?」
「…事務所に、この事、言おうかな、…って。」
ほんの一瞬だけ苦しい間が出来上がる。呼吸が止まりそうになるが、その刹那榎木さんが口を開いた。
「明後日、台本取りに行くんだ。」
「…私も、その予定です。」
「その時、お互いで。それでいい?」
「…はい。」
固くなる表情筋に、ほのかに口の中で残っていた日本酒と調味料の香りが消えていく感覚。露骨に目線が泳ぐと目の前で彼は静かに笑う。
「先に言われちゃった、俺もその話しなきゃなって思ってたんだわ。」
「…」
「大丈夫、言ったもん勝ちだよ。」
「だと、いいんですけど。」
「声優アワード新人賞候補の塩月節菜さんをこのタイミングで事務所が手放すとでも?」
「…噂、耳に入ってたんですね」
「そりゃね。むしろ今なら絶好のタイミングだと思うよ。」
「…あっはは!流石、悪知恵が素晴らしいこと。」
「ぜんっぜん褒めてねぇな」
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作者名:東城つばさ | 作成日時:2021年7月24日 0時