【第五人格】愛に溺れんとして【短編集】

□経過×日 / 霧+芸 ページ16

諸行無常より

□■□■

「美智子！聞いてよ、ナワーブったら私のお肉を横取りするんだよ！」
「あらあらまあまあ、そんな酷い事されたの。まだお腹すいてるなら、何か作ってあげよか？」
「私、美智子の作った卵焼きが好きだなぁ」
「んふ、ええよ、待っとき」
「ありがとう！」


最近来たという日本出身のサバイバー、A。

目の前で、日本語で何かを訴えている彼女は随分不機嫌顔だが、美智子さんに撫でられ何かを言われた瞬間、ぱぁっと花が咲いたように笑った。

そそそ、と足音を立てないで厨房へ向かった美智子さんを見送り、目の前で飼い犬の如くご主人の帰りを待つ彼女を観察する。


お風呂上りなのか少し紅潮した頬。いつも緩く三つ編みにされている髪は真っ直ぐに下ろされていて新鮮だ。美智子さんから貰ったという着物より簡素な、浴衣が良く似合っている。


『Aさん』
「ん、はい。ジャックさん」


ぱちりとアンバーアイが私を捉える。美智子さんの黒曜石の虹彩と比べると大分明るい。


『よければ、食べますか？』
「うん？チョコ？あ、くれるんですか？」


美智子さんが厨房に行ったという事はきっと彼女は空腹なのだろう。美智子さんの料理が来るまでの繋ぎとして紅茶のお供にしていた私のチョコレートを皿ごと差し出せば、途端にキラキラと目を輝かせた。

それでも言語の壁からか、本当に食べてもいいものなのか不安になってこちらの様子を窺いながら恐る恐るチョコレートへ手を伸ばすAさん。一つ頷けば、意を決してチョコを口に抛った。


「ん、美味しいです！えっと、"デリシャス"、？」
『おや、good girl。何だ、英語は出来るんですか』
「ぐっどがーる……え？何？」
『……不思議な子ですね』


もう一個いいですか？と聞いているのか、チョコを指差してそれから一本指を立てるAさん。いいですよ、と頷いた。


『あら、餌付けしてはるわ。油断も隙もないなぁ』
『美智子さん』
「ん、美智子！」
「お待たせ、A」


白の日本式エプロンを着用したまま、お盆に黄色いものといつか飲んだ味噌汁を乗せて戻ってきた美智子さん。餌付けとは失礼な。

Aさんの前にホカホカと温かい湯気をあげる軽食が置かれる。嬉しそうに手を合わせて、イタダキマス、と呟いた後にフォークを手にした。


「ん〜！美味しい…ふわふわ…」
「ほんま、美味しそうに食べるなぁ、Aは」


目尻を下げて、だらしなく頬を緩めている彼女がどうにも愛らしかった。

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