54#雨の中 ページ16
.
焼き上がったパイは、四人で美味しく頂いた。
大きめに焼いたそれの半分以上がゾムの胃に吸い込まれ、その遠慮もくそもない様子には驚いたが、老夫婦が楽しそうだったのでよしとしよう。
正直、さっきのことが頭にちらついて離れないAは、それどころじゃなかったのだから。
「はーあ、久しぶりに良いことすんのも気持ちがええなぁ」
鼻唄をうたいながら機嫌良さそうに隣を歩く様子が、何だか恨めしくさえある。
老夫婦に見送られ、二人は帰路についていた。陽が傾き始めて、街は夜を迎える準備に入る。
「……ん？」
ふと、ゾムが空を仰いだ。
『どうしたの』
「いや、なんか――」
――ぽつ。
雫が一つ、鼻を打った。
『……うわ』
「降ってきた！」
突如襲い掛かった夕立は、あっという間もなく人々を濡らしていく。
蜘蛛の子を散らすように待ちゆく人は建物の中へ消えていき、かくいうA達も、近場の屋根の下へと避難した。
あぁ、これは大人しくしているしかなさそうだ。
急に薄暗く、分厚い雲に覆われた空を見上げて、Aは濡れてしまった肩を無意識にさする。
まぁでも、少し火照り気味だった身体を冷ますには、ちょうど良かったかもしれない――なんて。
隣の彼には絶対に言えないな、と内心苦笑が洩れる思いだった。
『夕立だし、すぐにやむかな――って、え』
中身のない会話を始めようとゾムを振り向くと、彼はトレードマークともいえる緑のパーカーを脱いでいる途中だった。
『ちょっと。少し濡れたからって、脱いじゃったら寒いでしょ。風邪ひくよ』
「ん、ええねん、ええねん。……ほら、これ」
『は――』
脱いだそれを、さする手の上からAの肩に羽織らせ。
「着とき。お前のほうが、すぐ風邪ひきそうやし」
『……』
――それはするいでしょ、お兄さん。
雨で冷めたはずの熱が、パーカーのせいでぶり返す。
『い、いいって。てか半袖じゃん、私なら大丈夫』
「んなこと言って、また倒れるつもりか」
言い返そうとも思ったが、実際に彼の目の前で気を失うという所業を二度もしているせいで、次の言葉を見失う。
しばらく無言のやり取りがあって、結局Aは、その袖に腕を通した。
ゾムは満足そうに笑っている。
『……。ありがと』
「ひひ、おう」
雨の音のせいで、周りから隔離されたような感覚になる。ここにいるのは彼と自分の二人、そう考えてしまった自分に無性に焦った。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 251人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「wrwrd」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
江之子(えのこ)(プロフ) - あんりさん» コメントありがとうございます。自分でもこの設定好きです(笑) これからもよろしくお願いします！ (2020年5月15日 12時) (
レス) id: f1826b23af (このIDを非表示/違反報告)
江之子(えのこ)(プロフ) - ピヨさん» コメントありがとうございます。どちらも楽しんで頂けて私も嬉しいです。是非最後までお付き合いください！ (2020年5月15日 12時) (レス) id: f1826b23af (このIDを非表示/違反報告)
あんり - ひいぃ...好き...もう少し続くとの事なので楽しみに待ってます！ (2020年5月15日 8時) (レス) id: 4620368618 (このIDを非表示/違反報告)
ピヨ(プロフ) - 初めまして、コメント失礼します。本作品を最初からrbロ編とzム編を全て読んだのですがどちらの物語もとても面白くて、設定も個人的にとても好みで最高でした。完結まで楽しみにしています。 (2020年5月10日 8時) (レス) id: 3ec25a42f9 (このIDを非表示/違反報告)
江之子(プロフ) - 豆腐の中の棒人間さん» コメントありがとうございます。確かに言い回しは沢山考えて練っている部分ですので、褒めて頂けると嬉しいです！実はご作品の「転生者は…」を密かに楽しませてもらってます。お互い頑張りましょう！ (2020年5月6日 0時) (レス) id: f8221d30c6 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：江之子
| 作成日時：2020年4月20日 23時
