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『ごめんね、ごめん』
「いやや、やめて、Aおねが――」
『……おやすみなさい』
「――や、め」
ふっと言葉が途切れたのは、彼の意識もそこで途切れたからだ。
かくりと項垂れた頭を支えて、力を失った体躯を柔らかなベッドへ横たえさせる。
この大きさの《催眠》の石なら――少なくとも明日の未明頃までは目を覚まさないだろう。
先程までのすがるような声色とは反して、無垢な顔で寝入るロボロ。まぁ、強引にそうさせたのだけど。
目にかかりそうな前髪を払ってやって、毛布を綺麗にかける。
そうしてぐるりと見回した部屋の中で、Aはある一点へと歩み寄った。
『……』
一週間ほど前に買ったばかりのマグカップは、彼と色違いで揃えたものだ。
そうそう、別に大して使いもしないくせに、ソーサーやコースターまで一緒に買い揃えて。
……これはもう、この部屋には要らない。
Aは彼と揃えた物のうち、「これはAのな」と彼が笑ったほうだけを手に取っては、自分の鞄に入れていく。
やがて、今日ここに来た時よりも少しだけ大きくなった鞄を肩にかけては、その思い出の重さに唇を噛んだ。
あぁ、明日は朝から依頼だと言っていたから、寝坊になる前に起きられたらいいんだけど。
玄関で靴をつっかけて、一度だけ振り返る。
呼吸で上下する落ち着いた胸元を確認してから、Aは目を逸らした。髪を撫でたいとも思ったが、その気持ちは振り払って。
がちゃ、ばたん。いかにも安っぽいドアの音が、二人の間を容易に隔てた。
いや違う。隔てたのはドアなんかじゃない、A自身だ。
ふう、と息を吐いて、ようやく足を踏み出す。
もう少し躊躇うかとも思っていたが、自分でも驚くほどスムーズに足は動いていた。
『……』
――これで、いいんだ。
だって、考えた。何日も、何日も考えた。
考えても結局、同じところにしか辿り着かなかったんだ。
――でも本当に、これで良かったの？
『……っ』
我慢していたものが、唐突に溢れ出す。
泣くな。泣かないって決めたじゃない。だって言い出したのは私で、傷つけたのも私のほうだ。
これでいい。私にとっては、これが正解だった。
彼の部屋を出て数分、自宅に辿り着きもしないうちに。
もうすでにこんなにも、彼に会いたくてたまらないくせに。
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江之子(プロフ) - みかんさん» コメントありがとうございます。頑張ります！これからもお楽しみください。 (2020年7月13日 16時) (
レス) id: f8221d30c6 (このIDを非表示/違反報告)
江之子(プロフ) - 藻塩。さん» コメントありがとうございます。気に入ってもらえる展開でしたか！作者も好きです、書くときちょっと辛くなりましたが…(笑) (2020年7月13日 16時) (レス) id: f8221d30c6 (このIDを非表示/違反報告)
みかん - コメント失礼致します。とても面白く読ませて頂いています。これからも更新頑張って下さい。 (2020年7月12日 19時) (レス) id: 8cc228e6cc (このIDを非表示/違反報告)
藻塩。(プロフ) - 江之子さん» コメ失礼します、すんごく展開が好きです…！これからも無理しないように頑張ってください！ (2020年7月12日 14時) (レス) id: 7b5f2afcc4 (このIDを非表示/違反報告)
江之子(プロフ) - 菜の葉さん» コメントありがとうございます。登場人物たちに感情移入してもらえるとは、この上ない褒め言葉です…！頑張ります。 (2020年7月11日 0時) (レス) id: f8221d30c6 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：江之子
| 作成日時：2020年4月20日 23時
