＊ ページ9
蒸すような草木の香りが、湿気のある風に絡んで漂ってくる。
さっきまで顔を覗かせていた太陽がどんよりとした雲に姿を隠してるところをみると、夜にはひと雨くるのかもしれない。
アイスショーのため会場入りした私は、練習着に着替えようと控室へ向かう。
昨シーズンで現役引退した私は、残った単位を取るために大学へ通いながら、将来を模索していた。
プロでずっとやっていけるほど知名度ないし、スケートに携わりたいけど、道が定まらない。
リンクでは数名がすでにウォーミングアップをしている。
その中にあって、一か所だけスポットライトを浴びているような、圧倒的な存在感を放っているスケーターがいた。
体にフィットした黒い練習着がスタイルの良さを際立たせていて、滑りながら髪をかき上げる仕草さえ、演技の一部のように洗練されている。
私はベンチに腰かけて、スケート靴の紐を結ぶ。
慣れきった動作のはずなのに、今日に限って指先が震えてうまく結べなかった。
結局、あれから羽生さんには連絡しなかった。
一晩だけなら割り切って綺麗な思い出にできるけど、継続する勇気も覚悟も私にはなくて。羽生さんからのメモは、机の引き出しに仕舞ったまま。
あの夜、羽生さんは「好きだ」と言ってくれたけど、額面どおりに受け取るには私は平凡すぎたし、そんなのあり得ない。
それに……真面目な羽生さんは本気の人には、ちゃんと段階を踏むはず。
大好きな人だから、セフレになるなんて悲しすぎる。
リンクへ降りて、顔見知りのスケーターたちと挨拶を交わしながら、周りを滑る。
羽生さんは私なんかより若くて才能もあって綺麗な女の子たちに囲まれていて……じわりと、苦い思いが胸に広がった。嫉妬するのは、未練があるから。
割り切れない想いを抱えている自分を認めたくなくて、氷を蹴ると、スピードを上げた。
練習が終わって、ホテルへ戻る。
何度か羽生さんと目が合いそうになるたびに、顔を背けたり、他の人に話しかけたり。今回の公演が終わるまで、神経持つかな……。
荷物を片付けて、上着をハンガーにかけていると、部屋のチャイムが鳴った。
昌磨とゲームソフトを交換する約束していたから、彼だと疑いもせずにドアを開けると―――目線には昌磨の顔じゃなく、羽のモチーフのネックレスがかかった綺麗な首筋。
反射的にドアを閉めようとしたら、ガッと手がドアを掴み、隙間から羽生さんが体を滑らすように入って来た。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 208人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「オリジナル」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
エミル(プロフ) - #Loveさん» #Loveさん、いつもコメントありがとうございます。羽生さん好きに貢献できて嬉しい〜(^o^)本当に励みになります！ちょこちょこ更新ですが、頑張ります！！ (2022年2月23日 16時) (
レス) id: 68edaa3183 (このIDを非表示/違反報告)
#Love(プロフ) - またコメント失礼します。エミルさんのお話が好きすぎて毎日更新の通知が来ているか確認するくらいです笑 エミルさんが書く羽生くんがありありと想像できて、羽生くん好きに拍車がかかっています。これからも無理せず頑張ってください！！ (2022年2月23日 12時) (レス) @page16 id: bf26d2c99f (このIDを非表示/違反報告)
エミル(プロフ) - ゆきさん» ゆきさん、ご指摘ありがとうございます。名前、修正しました。 (2022年2月10日 17時) (レス) @page46 id: a72ef995e1 (このIDを非表示/違反報告)
ゆき(プロフ) - 名前の変更ができていない所がありますので、お手隙の際に訂正をお願い致します。 (2022年2月10日 16時) (レス) @page47 id: 7b86ca7caf (このIDを非表示/違反報告)
エミル(プロフ) - 璃子さん» 璃子さん、短編も読んでくださり、ありがとうございます！元気に明るい「気」、そうですよね。羽生さんも頑張っていると思って、私も前向きに生活します。 (2021年11月7日 20時) (レス) id: 68edaa3183 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：エミル | 作成日時：2021年9月11日 20時
