＊ ページ12
―――Yuzuru Side
彼女を初めて意識したのは、わりと最近のことだ。
それまでも同じフィギュアスケーターとして、名前と顔は知っていたけど、昌磨と仲のいい子というぐらいの印象しかなかった。
あれは、去年の全日本選手権。
北京オリンピックの代表を決める最後の試合。
彼女の実力からいって、代表を獲得できるかはギリギリのライン。
ショートもフリーも渾身の演技だったし、合計点はパーソナルベストだった。……けれど、ほんの少し点数が足りず、彼女は落選した。
表彰式の後、代表となった選手がコールされて、観客から拍手を受ける間、リンクサイドで見ていたA。
唇を噛みしめて、はらはらと涙を零す彼女を―――とても綺麗だと、思った。
代表となった選手たちがリンクサイドに戻ってきたとき、彼女は晴れやかな笑顔で迎えていた。
年齢を考えると、最後のチャンスだったはずだ。
同じアスリートだからわかる悔しさ。
すべての感情を封じ込めて、仲間を讃えることのできる彼女を強いと思った。
同時に、華奢な背中が儚くて、支えてあげたいという感情が生まれた。
現役を引退した俺は、アイスショーで彼女と再会した。
選手だった頃は気になる子がいても、スケートの妨げになるからあえて避けていたけど、その必要はもうない。
俺は、さりげなく彼女に話しかけて、少しずつ親しくなった。
よく笑う子だ。
俺のくだらない話にも、心から楽しそうに笑う。
春の陽だまりのような笑顔、くるくる変わる表情。
背負うものが増えていくうちに窮屈な立場になり、感情を抑えることが日常になった自分にとって、その笑顔は眩しすぎて。
自分でも驚くほど、あっさりと彼女に心を奪われていた。
……それなのに―――
「―――ちょっと、ゆづくん」
不機嫌に尖った声音がして、俺は思考を中断させる。
「……なに？」
「なに？ じゃないよ。さっきから何回ため息をつけば気が済むの？ ご飯がまずくなるんだけど」
「ああ、悪い」
無意識の行動に文句つけられても……と思いつつ、目の前の昌磨に謝る。
「なんかあったの？ 昨日からイライラしたり、落ち込んだり……。ゆづくん、変だよ？」
「べつに、なんでもねーよ」
そう、なんでもない。……なんでもない。
朝食として出されているグリーンサラダからプチトマトを選んで口に入れると、瑞々しい甘みと酸味が広がった。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 208人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「オリジナル」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
エミル(プロフ) - #Loveさん» #Loveさん、いつもコメントありがとうございます。羽生さん好きに貢献できて嬉しい〜(^o^)本当に励みになります！ちょこちょこ更新ですが、頑張ります！！ (2022年2月23日 16時) (
レス) id: 68edaa3183 (このIDを非表示/違反報告)
#Love(プロフ) - またコメント失礼します。エミルさんのお話が好きすぎて毎日更新の通知が来ているか確認するくらいです笑 エミルさんが書く羽生くんがありありと想像できて、羽生くん好きに拍車がかかっています。これからも無理せず頑張ってください！！ (2022年2月23日 12時) (レス) @page16 id: bf26d2c99f (このIDを非表示/違反報告)
エミル(プロフ) - ゆきさん» ゆきさん、ご指摘ありがとうございます。名前、修正しました。 (2022年2月10日 17時) (レス) @page46 id: a72ef995e1 (このIDを非表示/違反報告)
ゆき(プロフ) - 名前の変更ができていない所がありますので、お手隙の際に訂正をお願い致します。 (2022年2月10日 16時) (レス) @page47 id: 7b86ca7caf (このIDを非表示/違反報告)
エミル(プロフ) - 璃子さん» 璃子さん、短編も読んでくださり、ありがとうございます！元気に明るい「気」、そうですよね。羽生さんも頑張っていると思って、私も前向きに生活します。 (2021年11月7日 20時) (レス) id: 68edaa3183 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：エミル | 作成日時：2021年9月11日 20時
