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「今日のセレモニー、花束ありがとうございました」
「……あ、うん」
Aちゃんは、今シーズンで引退する。
今日、Aちゃんの演技の後、引退セレモニーが行われて、俺が花束を渡す役だった。
「一番尊敬するスケーターから最後に言葉を贈ってもらえて、すごく嬉しかったです」
……尊敬、か。
結局、俺はそれ以上になれなかった。
「……ゆづくん?」
「え、ああ。でも、俺よりAちゃんが先に引退するとは思わなかったな」
「私もです」
Aちゃんが肩をすくめて、笑う。
「大学院での勉強、頑張って」
「はい、ありがとうございます」
北京オリンピックを最終目標にしていた彼女が現役を引退するのは予測がついたけど、てっきりプロスケーターになるのだとばかり思っていた。
二年前に痛めた左足が限界なのだと知ったのは、Aちゃんから引退すると連絡をもらったとき。
そんなことも知らず、相談さえしてもらえなかった自分が惨めだった。
「元気でね」
「はい。ゆづくんも……お身体に気をつけて、頑張ってください」
「うん、ありがとう」
最後に握手を交わすべき場面だけど、人との接触を控えている時勢だからやめておいた。
むしろ、よかった。
だって、これ以上彼女の前で平然と笑っていられない。
「それじゃ」
今度こそ背を向けて、俺は歩き出す。
あっけないな、これで終わりか。
スケートから離れる彼女とは、きっと、もう会うことはないだろう。
望みがないからって、告白もせずに引き下がるなんて俺らしくない。
だけど、スケートと恋は違う。
初めての恋が壊れたら、自分がどうなってしまうのか。落ち込んで、二度と浮上できない気がする。
そう危惧してしまうほど、好きだった。
と、コツンとスニーカーになにかが当たる。
足元に転がっていたのは、ターコイズブルーのキラキラ光る小さな物体。
「―――これって……」
指でつまんで、手のひらに乗せる。
やっぱり、俺がAちゃんにプレゼントしたイヤホンだ。
ということは……Aちゃんが探していたものって……。
俺は踵を返して、まだ探し回っているAちゃんに駆け寄った。
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エミル(プロフ) - くっきーさん» 短編、楽しみにしてもらえて嬉しいです!GIFT、想像をはるかに超えたショーでした。ハマりすぎて更新が滞っていますが、しばしお待ちくださいね。 (2023年3月2日 21時) (レス) id: 68edaa3183 (このIDを非表示/違反報告)
くっきー(プロフ) - やっぱりエミルさんの短編すごく素敵です!泣GIFT大成功でしたね!!これからの展開楽しみです、、 (2023年3月2日 1時) (レス) id: 95130b7885 (このIDを非表示/違反報告)
エミル(プロフ) - 璃子さん» 似通った話になりがちなので、新鮮と言ってもらえて嬉しいです(*´ω`*)ファン目線だと羽生さんのそばにいられるだけで幸せ。でも、実際に彼女になる方は大変だし我慢することも多いんだろうなって想像します。本当に幸せになって欲しいと私も思います。 (2022年4月10日 21時) (レス) id: 68edaa3183 (このIDを非表示/違反報告)
璃子(プロフ) - なんだか新鮮なお話でした。楽しく読ませて頂きました。実際お付き合いするとなったら…やはり今回の羽生さんのようにお相手を気遣って「俺といて楽しい?」とか気にしそうですよね。何にせよ幸せになって頂きたい方です。 (2022年4月10日 9時) (レス) @page23 id: a68a41f56a (このIDを非表示/違反報告)
エミル(プロフ) - 鹿さん» 鹿さん、ほっこりしていただき、ありがとうございます(*^-^*)長編がアレなので、素直な二人にしました。幸せな羽生さん、増やしたい!会見は、羽生さんらしい世界観でした。 (2022年2月14日 21時) (レス) id: 68edaa3183 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:エミル | 作成日時:2022年2月12日 22時