知らない/rbr ページ35
♡
「A、田中が好きなんやってな？」
夕日に照らされ長く伸びた自分の影を踏みながら、間に幼い子供が一人入れそうな程の大きいとも小さいともつかない微妙な隙間を開けて二人肩を並べて帰路に着く中、隣を歩く彼がふとそう呟いたのを聞いて視線を移した。
偶然同じ方向に、偶然同じ時間に帰路に着いているだけで、特別待ち合わせた訳でも無い。そもそも、とうにそんな仲でも無い私にそんな世間話を彼が振るなんて、と驚きで足を止めてしまえば彼は「………なんやその顔」と訝しげに顔を顰めて私を見遣る。
『だって、天乃くんがいきなりそんな事言うから、びっくりして』
足元に転がる小ぶりな、随分と角の取れた石に視線を落として戸惑いながらもそう言う。今まで何度だってまた昔みたいにバカやって話したい＿＿悪友の様であったあの頃に戻りたいと思ってきたのに、いざ他愛も無い話を投げかけられると緊張で言葉が詰まった。
リュックの背負い紐をギュウと握り締めて、ヘラヘラと乾いた笑いを溢しながら俯いてそう言う私に彼がどんな顔をしていたかは見えなかったが。
しかし、暫しの静寂の後に、彼は何処か苛立たしげに足を踏み鳴らして私の方へと歩み寄った事だけは、視界の端で捉えていた。
「何時から、俺の事天乃くんなんて呼ぶようになったん」
え、と虚を突かれて情けない声があがる。彼の擦り切れたスニーカーから辿る様に視線を上へと上げていく。僅かに細められ、分かりづらいが若干眉根を寄せながら私を見る彼に『あ、怒ってる』と考えるよりも先に脳が理解していた。
悲しいかな、幼馴染みの性だろうか。保育園に入る前から彼とはずっと一緒に居たものだから、嫌でも彼の癖はよく分かる。彼の、澄んだ朝空の様な瞳をまともに見つめ返したのだって、随分と久しぶりだと言うのに。
『何時って言われても、』と口篭る私を見て、彼は更に一歩私に詰め寄る。だって仕方ないだろう、随分と距離が開いてしまった今、昔の様に愛称で呼んでもし拒絶されたらでもと思うと怖いのだから。
『……何時でも、いいでしょ』
今更私からの呼び掛けに、彼が高校で出来た友人達に向ける程快活な笑みを返してくれるとは到底思えない。幼馴染みでもなんでもなく、ただの赤の他人であったならこんなちっぽけな事にも嫉妬なんてしなかっただろうに。
＿＿＿幼馴染みじゃなければ。ずっと蓋をしていた感情が、遂に溢れ出してしまった事だけは然と分かった。
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