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『ふざけないで!!私は貴方達なんて知らない、誰も知らないの!』
「じゃあ何故俺達はAを知っている?何故ならお前は姉で、初恋の人で、母で、妹で、月に狂わされた憐れな女で、そして俺が生涯愛した唯一の人だからだ」
『違う、ちがうちがうちがう!!!私はAよ、確かにAだわ!でも貴女達の知るAじゃない!』
「ではお前は一体何者だ?」
『私は!!!!』
静寂。
仮面の男はじっと、私の答えを辛抱強く待っている。
渇いた喉が張り付いて上手く言葉が出ないのなら、それの方が余っ程良かった。
だれ?
私はだれだ?
私はA。
何処のA?
誰のA?
──この物語のAは、一体誰のA?
「この物語のAは、俺のAや」
仮面の男が私を強く抱き締めた時、かちゃりと小さく物音がした。
次いだからん、という乾いた音でそれは彼が仮面を外した音だと理解した。
「俺が自ら集めた物語達、お前の言葉を借りるなら夢の短編集だ。ここは俺が主役の物語、必然的にお前は俺が生涯焦がれ愛してきた唯一の人となった」
『分から、ない…わたし、』
「今すぐ理解しろとは言わへん。今はただ、この生暖かい微睡みに身を沈めていればいい。……ああ、お前が、お前こそが俺のAや。やっと会えたな、愛してる」
頬に手を添えられ絡み合う様に視線が交じ合う。
輝く様な金糸と血の様な真紅を携えた瞳、そして背筋が凍り付くほどの美しいかんばせは幸せそうに綻び私に顔を近付けてくる。
「言うたやろ、来る者は拒まないが去る者は決して許さないと」
帰り道を粉々に踏み潰す様に低く呪詛を吐き出しゆっくりと唇を重ねる男。
ぐちゃぐちゃに混濁した脳内を絡め取る様に深くなっていく口付けにやっと涙が一筋零れた時、彼の背後にあの少女を見た。
可憐に歌声を響かせていた幼い少女は、私の顔をして静かに笑っていた。
(夕陽を灼き尽くす様に、そのパレードは何処までも続いていく)
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