検索窓
今日:12 hit、昨日:99 hit、合計:7,178 hit

em. ページ20

赦しを乞う話。











エーミールという男は、つくづく憐れな男であった。


親に捨てられてからずっと独りで、地面を這いつくばり泥水を啜りながら生きる為ならどんな事でもやった。
たかが一切れのパンの為に人を傷付けても、その一切れのパンすら自分に与えなかった世界が悪いのだと言い聞かせ止まることなく人生を歩んできた。
エーミールはそういう男であった。


ある日、身も凍る様な冬の晩の事である。


エーミールは目についた小さな教会にこっそりと忍び込んだ。
凍死しかねないこの冬の晩をなんとかやり過ごし、あわよくば金目のものでも拝借しようと企んでいたのである。
幸いと言うべきか不用心と言うべきか、教会の窓の鍵はかかっておらずそこを開けて彼は慣れた様に上背の高い体を押し込んで中へと侵入した。

そして侵入してから気付いた、祭壇の前に薄らと光が灯っておりその光を手に持ち跪く人影があったことに。


しまったと思った頃には既に遅く、跪いていた人影は蝋燭の火を男の方に差し出しながら立ち上がり『どちら様ですか?』と声をかけた。


男は思わず息を飲んだ。
何故ならゆらゆらと揺らめく蝋燭の火に照らされた女があまりにも美しかったからだ。
急速に渇いていく喉が張り付き言葉が引っ掛かって出てこない、「あ、あ」と母音を情けなく零す事しか男には出来ない。
やがて男は膝から崩れ落ちぼろぼろと涙を流しながら堰を切った様に嗚咽混じりに懺悔を始めた。
今まで自分がどの様にして生にしがみついてきたか、それら全ては決して間違っても褒められて然るべきものなどではなく、貴女を一目見た瞬間、その罪の数々を吐き出したくなってしまったのだと。


男は生まれて初めて、神の存在を認識したのである。


女は男の言葉一つ一つを取り零さぬよう、穏やかな笑みを浮かべながら頷き聞いていた。
彼の懺悔が終わると彼女はようやくその可愛らしい唇を震わせた。


『ええ、ええ。大丈夫ですよ。主も貴方を赦して下さることでしょう。今まで辛かったですね、生きていてくれてありがとうございます』


まるで神の福音の様に鼓膜を撫ぜたその言葉は男の心をしっかり掴んで包み、やがて一つの結論に至らせた。




──この命ある限り、彼女の下僕となりたい。

◇→←◆



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 10.0/10 (24 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
92人がお気に入り
設定タグ:wrwrd , wrwrd! , 短編集
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:える。 | 作者ホームページ:なし  
作成日時:2023年11月17日 10時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。