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彼女の寝息と俺の呼吸音だけが、俺の鼓膜に響く。
まるで、俺ら2人だけの世界のように。静かで、幸福な時間。先生の解説も煩わしい話し声も、もう何も聞こえない。君しか見えない、聞こえない。
｢…ずっと、この幸福が続けばいいのに｣
机の上で腕を組み、そこに顎を乗せて彼女の寝顔を堪能する。
｢ふはっ、涎でノートぐしゃぐしゃじゃん。…まあ、ぐしゃぐしゃなのは元からか｣
それすらも可愛らしく愛らしく、なんとも言えない庇護欲に駆られる。ぐちゃぐちゃにしたい、なんて醜い欲求は見ないふりをした。
｢さて、俺は散々起こしたからな。もう文句言っても知らないから。俺は板書しちゃお｣
漸く彼女から目を逸らし、ペンを握り直す。黒板に書かれた板書を黙々とノートに写していると、教卓から雷のような怒号が轟く。
空気がビリビリと震えるような大声で彼女の名前を呼び、何寝てるんだ、と叱る数学教師。勢いよく飛び起きた彼女は、寝起きでしばしばする目を擦り、舌っ足らずに返事を返す。
｢ひゃいっ！｣
｢何度注意すればわかるんだ!!授業中に寝るなといつも言っているだろう!!!｣
す、すみません…と冷や汗を垂らしながら頭を下げる彼女は寝ぼけているのか、あれ、なんで学校に…？なんておかしなことをぶつぶつと呟く。
｢ゆ、夢かぁ……まじか…ぴくと………｣
｢夢がどうしたって？なあ、A!!｣
｢す、すみません！なんでもありません!!｣
数学教師は、何度叱りつけても同じことを繰り返し話を聞かない彼女に呆れ、もう座れ、と眉間の皺を解す。
はぁい、と覇気のない弱々しい声で返事をし、不貞腐れ気味に座る彼女に、思わず小さく笑い声を漏らすと、頬をふくらませて睨みつけられる。そんな行動すら可笑しくて可愛らしくて、堪らなく愛おしい。
｢……起こしてくれたら良かったのに。ケチ｣
｢残念、何回も起こしました｣
嘘！と驚きのあまり目を見開き声に出してしまう彼女。怒られたばかりで静かな室内に響き渡る声に、慌てて口を抑えても時すでに遅し。
｢A!!!いい加減にしろ!!!!｣
｢す、すっすみません！｣
ああ、またもや怒られてしまった。馬鹿だなあ。馬鹿で阿呆で間抜けで、なんて可愛いんだろう。
お前のせいだ、と言わんばかりにじろりと睨まれたため、寝るだけじゃなく起きなかったお前が悪い、と鼻で笑って返す。
｢…………夢、途中で終わっちゃった。折角ぴくとと…｣
｢俺と？｣
｢ぁ、いや、なんでもない！｣
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