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｢…ごめん、急いでるから。提出4時までなんだよね。｣
彼の戯言に耳を貸しては行けない、そう思って大先生の手を振りほどこうとしたが、あの細い体のどこにそんな力があるのか簡単には振り切れない。それどころか離すまいとしっかりと握られている。
｢ホンマに、ホンマに覚えてへんの？｣
｢だから！覚えてないって！しつこいな！｣
しまった、と思った時にはもう遅い。彼を大声で怒鳴りつけてしまった。それに驚いて緩んだ手を振りほどく。そして教室のドアを一目散にめざした。
｢まって、待ってや、Aちゃん！｣
彼はいつの間にか私の前に立ちはだかっていた。
｢どいて。邪魔。｣
｢な、なんでそんな酷いこと言うん？｣
メガネの奥の瞳には涙が溜まっているように見えた。昔からそういうウジウジしたところ嫌いだったな、とかどうでもいいことを思い出す。
｢僕、久々にAちゃんと話せて嬉しいんやで。Aちゃんはちゃうの？｣
どちらかと言えば嬉しくない。そんなこと彼の前で言える訳もなく、沈黙を貫いた。
｢Aちゃん。僕、あの時よりもずっと大きくなったで。身長だって、ほら、手の大きさもこんなにちゃうねんで？｣
慣れた様子で手を取られ、そのまま恋人繋ぎにされる。正直怖くて気持ち悪い。じわじわと鳥肌がたっているのを感じる。
｢ふふ、やわこいなぁ。Aちゃんはあの頃からなんも変わってないなぁ｣
慈しむように私の手に触れる彼にもしかして私たちはもっと親しい関係だったのかと錯覚を起こしそうになる。
｢…まじでなんなの？｣
｢なんなのって、約束守ろうとしてるだけやけど？｣
さも当然というように彼が答えたもんだから。その約束を忘れているこちらがおかしいのか？
｢…本当に覚えてないんだけど。｣
彼を睨みつけて言えば、少し呆気に取られたような顔をして、悲しそうに眉を下げた。
｢そっかぁ。覚えてへんかぁ｣
その姿が捨てられた子犬みたいで。私の庇護欲をかきたてた。気づけばごめん、と小さく謝罪の言葉をこぼしていた。
｢ずっと守ろうとしてた僕がバカみたいや…｣
俯いた彼の声は震えていた。そんな彼を見たのは小学生ぶりで酷く胸が痛んだ。
｢その約束、今からでも間に合う？｣
正直情けだった。どうしようもなく彼が可哀想に見えて。私は彼を突っぱねられるほど残酷な人間では無いみたいだ。
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