踊る指先にキスして/ky ページ4
ノクターン。
主としてピアノのための、夜の情緒を表す
今晩は月が綺麗だからと、夜想曲とも呼ばれるショパンの名曲を、うろ覚えながらに弾くことにした。
一人暮らしのこの部屋に不似合いな、白い小さな電子ピアノは祖父母からの贈り物だった。ピアノ椅子に座りそっと鍵盤を撫でる。一人暮らしを始めた高校時代はたまに触ったりしていたが、社会人になると鍵盤に触れることもなくなり今の今まで埃を被っていた。ごめんね。
「……自然にテンポを揺らして、フレーズの最後まで」
当時お世話になったピアノ教室の先生の言葉を思い出し、懐かしさで胸が暖かくなる。私は指先を静かに鍵盤に這わせ、ゆっくりと演奏を始めた。
5分程度の演奏だった。しかしあの頃の思い出が鮮明と胸に蘇る。音楽というものは本当に不思議だ。と、すっかり
「…えっ、え！？」
「よっ、全然LINE既読つかねえからきたわ、てかお前ピアノすげーうめーじゃん」
コンビニ袋を片手にやってきたこのキヨという男は彼氏である。そういえば、今日うちで宅飲みするって言ってたな。やば、すっかり忘れてた。
「キヨごめん忘れてた、すぐおつまみ用意する」
「いいよ、それより今のもっかい弾いてくんねえ？」
「…いいけどなんで？」
「いや、ピアノ弾いてるAの指めっちゃ綺麗だったから」
「えー？…」
「しかもその曲いいね、なんつーの？今日の空に合ってるって言うかさ」
「でしょ？今日月綺麗だったから久しぶりに弾いてみたの」
「いやまじで上手かった。指が踊ってるみたいだった」
「なにそれ」
謎の例えに思わず吹き出してしまう。しばらく雑談が続き、私が鍵盤に触れるとキヨが口を開いた。
「…キスしていい？」
「え？なんで？どこに？」
「手に。こんなに綺麗な指も俺の物ってことで」
「何言ってんの…」
はい、とキヨの前に右手を差し出すと軽いリップ音を立てて唇が触れた。
…私が指を踊らせるなら、貴方は私の心を踊らせるね。柄にもなくそんな詩的な表現を思いついてしまう程、今夜の月は美しかった。
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月が綺麗な夜にショパンの「ノクターンOp.9-2」聞いてみてください。本当にピアノが弾きたくなります。私は弾けませんが。
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作者名：梦 | 作成日時：2022年8月13日 0時
