第9話 「弱ったな」 ページ9
.
.
部員達の体を労るために部活を早めに切り上げた幸村は部室に置いたままの部活の日誌を取りに向かった。降り続いて雨は多少弱まったようだが傘は必須だろう、ついでに部室に置いたままの傘も取りに向かった。
無邪気な部員達が買ったであろうやや大きめな傘を右手に部室の鍵を職員室に戻すために幸村は足を進めた。夕暮れ時、天気の悪さも相まって薄暗くなる中でも彼女の存在は鮮明に目に入った。
制服の上からでも分かる華奢な体躯に艶やかな黒髪、軒下で雨宿りする姿はまるで映画のワンシーンのようだった。いつも彼女が俺を見つけて、俺はその視線を追うように彼女を見つけていたのに。
校舎が変わって分かった事がある。
痛いくらいの視線を感じなくなった事、それが少しばかり退屈である事であった。彼女の名前を呼ぶことを戸惑ったのはたった数秒間の出来事だったのに酷く長い時間に感じられた。数回瞬きをしてこちらを振り返った彼女は冷徹さを秘めた表情から花が咲くような笑顔を浮かべた。幸村先輩、そう口にする彼女に心底安堵した自分が何だか独りよがりに思えた。
「部活ですか?」
「あぁ、君は?」
「先生の雑用です!最低!あのハゲ!絶対許さない!」
「こら喚かない」
キーキーと声を上げるAを窘めるように幸村が苦笑いを浮べる。
「あのハゲに頼まれなかったら濡れずに帰れたのに…絶対許さない末代まで呪う予定ですから」
末恐ろしいことを真顔で言い放つAに幸村は笑いが止まらなかった。これだけ文句を言いながら投げ出さずに最後までやり通す彼女の元来の真面目さというか責任感の強さが垣間見えた。こういった場での悪口は許容できないが。幸村は数回瞬きをしてAに気付かれないよう薄く微笑んだ。
ふと、彼女が傘らしい物を持っていないこと、濡れずに帰れたと文句を垂れたことに気付いた。おそらく、彼女も俺と同じように傘を忘れたのだろう。
「傘、忘れたのかい?」
「えっ何で分かったんですか?これが恋ノチカラ?」
「はは、君を見ていれば分かるさ」
なんて昔のドラマの題名を口にするんだ。雨の音がその瞬間強くなる。ついさっきまでは小雨程度だったのに。明らかに絶望を浮かべる彼女に同情する。
「君が嫌じゃなければだけど」
傘入るかい?と言った俺に彼女は食い気味で頷いた。弱ったな。この偶然が彼女によって仕組まれていた事だとしたら、俺は一生彼女に敵わない。
.
.
27人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
福原(プロフ) - ゆきもりさん» コメントありがとうございます❤︎そう言っていただけて光栄です(;_;)緩くではありますがぜひお付き合い下さい❤︎ (2022年7月29日 11時) (レス) id: cc2ff694b3 (このIDを非表示/違反報告)
ゆきもり(プロフ) - 第1話から心奪われました...恋が始まる予感....更新楽しみにしています^^ (2022年7月28日 14時) (レス) @page3 id: 1e05fd341a (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:福原 | 作成日時:2022年7月28日 14時