第3話 「名乗るなって」 ページ3
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「いや、すみません。不快だったのなら謝ります」
「あはは違うんだ。俺は謝罪を求めに来たわけじゃないよ」
「え?なら、何ですか?…ヒッ…もしかして、慰謝料とか」
コロコロと変わる彼女の表情から目が離せない。目を白黒させて言葉のキャッチボールを楽しむ彼女に純粋に興味を惹かれた。
テニスを主軸に過ごしてきた故に学生生活は特に事件が起こるわけでもなく、良く言えば平和で悪く言えば面白味のない毎日であった。そんな日常に光が射した、ような気がする。彼女という、光が。
「請求されたいの?」
「あっはは!まさか!辞めてください本気で」
「保留」
「薄情者」
舌打ちでもする勢いで食ってかかる彼女に笑いを堪えるのに必死だった。慰謝料なんて請求するはずないし、する理由もないのに。あくまでも痛いくらいの視線を向けていた男とここまで言い合える彼女に断然興味が湧いてしまった。
「君、名前は?」
「えっと」
「悩むことある?」
「…お母さんが知らない人には名乗るなって」
「法廷で会うのが楽しみだね」
「Aです2-DのAです」
「ふふ、俺の名前は」
「幸村精市ですよね存じ上げております」
幸村精市、彼女の薄い唇が紡いだ自分の名前がまるで自分じゃないみたいで咀嚼できなくて変な気持ちになった。いい名前ですよね、なんて能天気なことを言い続ける彼女にいよいよ笑いが込み上げてきた。幸村先輩って呼んでもいいですか?と尻尾が見えそうな勢いで詰めてくる彼女に思わず首を何度か縦に振った。嬉しそうに口角を上げた彼女が思い出したかのように「あ」と短く呟いた。
「好きなんですよね、私」
「何が?」
「え?脈絡的に今のは幸村先輩に決まってません?」
「はは、義務教育の末路だ」
「勝者は私です」
彼女が指を鳴らさなかったことに酷く安堵した。告白とはもう少しロマンチックなものではないのか。彼女に俺の中でのマジョリティが通用しないことはこの数分で痛いくらい伝わった。初めて見た時から好きなんですよね、と告白し続ける彼女が何だか微笑ましく思えた。遠くから見守っているだろう柳に気が付かない振りをして幸村は目の前で笑う彼女との会話を楽しむ事にした。
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福原(プロフ) - ゆきもりさん» コメントありがとうございます❤︎そう言っていただけて光栄です(;_;)緩くではありますがぜひお付き合い下さい❤︎ (2022年7月29日 11時) (レス) id: cc2ff694b3 (このIDを非表示/違反報告)
ゆきもり(プロフ) - 第1話から心奪われました...恋が始まる予感....更新楽しみにしています^^ (2022年7月28日 14時) (レス) @page3 id: 1e05fd341a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:福原 | 作成日時:2022年7月28日 14時