第42話 ページ42
.
.
あまりの寒さにAの肩が震えた。もうすぐ春だと言うのに、容赦のない寒さにAは思わず眉間に皺を寄せた。
遠くの方で学生たちの声が聞こえる。明日はAの高校生活最後の日になる。寂しくて堪らない。予行練習のために短くしたリボンが擽ったい。
今年も春が来てしまうのだろう。Aは項垂れるように桜の木の下に足を向けた。申し訳ない程度に木々から洩れる光を鬱陶しそうに眺めては、Aの胸下まで伸びた黒髪を揺らした。
「さむ…」
もう春だぞ、と呟くAを嘲るかのように揺れる木々が恨めしくも、どこか懐かしかった。首筋を通った風は、少しだけ暖かかった。
「髪の毛切ろうかなぁ」
「俺は長い方が好きだよ」
Aの背後から耳に馴染んだ声が届いた。あと1週間もすればこの桜の木も満開になるだろう。満開の桜を見れたのは去年が最後になる。
「そう？」
「うん」
「ふうん」
越前が慣れた手つきでAの黒髪に触れる。痛みひとつない艶やかな黒髪は越前の指をすり抜けた。
酷く和やかな季節が通り過ぎようとしている。約束をしよう、枯れたとしても決して忘れないという約束を。人間は過ぎ去った季節を懐かしみ愛しく思い、邂逅を願う。そして忘れてしまう、情に溺れ懸想の痛みを感じた玉響な時間だけを残して。この季節をまだ流れていたかったなぁ。思い出にするには時期尚早だろうけど。
桜が散る。花びらが福原の肩に落ちた。
「桜はどうして散るんだと思う？」
昼休み、誰もいない校舎裏の桜の木の下。ここにいるのは私と彼だけ。Aは小さく呟いて、散るために咲く桜を見上げて目を細める。越前が息を吸った。
「次来る春のために」
越前の真っ直ぐな瞳がAを射抜く。そうだね、また巡ってくる季節のために桜は散るのかもしれない。服を脱ぎ捨てるように、桜は散っていくのかもしれない。それでも私は、散るからこそ美しいのだと思えた。
Aは桜を見上げた。
「帰るの？」
Aの足元に転がった石を蹴飛ばす様子を見て越前は問いかけた。今朝綺麗にしたばかりのAのローファーが汚れる。石は軽快な音を鳴らしながら転がっていく。
春が来るとは思えない3月の風がAの頬を撫でる。これで、さよならだ。
「うん、ばいばい」
そう告げた彼女は、伸びた髪の毛を揺らして歩き出した。
彼女の濡れたような睫毛が、影を作った。
.
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 89人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「テニスの王子様」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
福原(プロフ) - ぱーぷる姫さん» ありがとうございます❤︎ぱーぷる姫さんにそう言っていただけて光栄です( X_X ) (2月24日 1時) (
レス) id: cc2ff694b3 (このIDを非表示/違反報告)
ぱーぷる姫(プロフ) - 涙が溢れ出ました！あまりに綺麗で切ない表現に何度も読み返しました。ありがとうございました！ (2月18日 15時) (レス) id: 4d7ac923b9 (このIDを非表示/違反報告)
福原(プロフ) - 幸絵さん» ご感想ありがとうございます(;_;)またどこかで2人が会える日がくることを願っています、、リョーマ！失恋組！初遭遇です！やはり初恋は実らないものですね、、 (2021年11月10日 9時) (レス) id: cc2ff694b3 (このIDを非表示/違反報告)
幸絵(プロフ) - 完結おめでとうございます！ついついヒロインの先輩と結ばれて欲しい〜って思ってしまいました。話は変わりますが、『劇場版リョーマ！』私も失恋した気分になりました！ (2021年11月10日 6時) (レス) id: 4696a5fece (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：福原 | 作成日時：2021年9月17日 0時
