一枚目 ページ1
カランコロン、扉についた鈴が柔らかく鳴り、お客様が来店してくる。
「いらっしゃいませ」
初めて数ヶ月になるこのバイトは、私の憧れのうちの一つの仕事だった。大好きなコーヒーに囲まれて、日々様々なお客様と触れ合うこの仕事にも慣れてきた。様々なお客様、とはいっても常連の、私よりも二回りほど年の離れたお客様ばかりだけれど。でもその方が居心地がいい。変に見栄を張る人も、マウントを取る人も、不快になるような人は誰もいない。
「あの、すみません」
ぼうっと幸せを噛み締めていた私に、彼は話しかけた。
「この特性カフェラテを一つ」
「はい、かしこまりました。アイスとホット、どちらになさいますか?」
「アイスで。」
「かしこまりました。お席でお待ちください。」
外装が少し剥がれかけて、扉も少々壊れ気味のこのカフェによく新規のお客様が来たもんだ、と心の中で驚く。しかも品の良さそうな、ファッションセンスも優れた青年が。黒縁の度の強そうな分厚い眼鏡と、黒と白の柄シャツ、そして今取り出した機械に疎い私ですら知っているメーカーのパソコン。わあ。ありゃお金持ちの方だな、多分。近付きたくないな。
お金持ちが一概にそうとは言わないのだが、なんというか、彼らと話していると足元を見られている気がしてしまうのである。お金はあるに越したことはないが、ありすぎるとこうなるのか……と思ってしまったのだ。
とはいえ。お客様はお客様。私情を持ち込む訳にも行かない。そもそも店員が品定めするような事してどうする。私はただのバイトだぞ。
他の店員が作った特性カフェラテを持ち、窓際で待つ彼の元へと向かう。うん、やはりこのお店のカフェラテの香りは一番だ。
「お待たせ致しました、特性カフェラテでございます。」
「ありがとうございます。」
「それでは、ごゆっくりどうぞ。」
そう言い残してそそくさと退散する。何か絡まれたら怖い。全く、酷い風評被害である。しかしお金持ちは怖いのである。決して態度には出さないから心の中で思うのだけは許して欲しい。
出来ればもう来ないで欲しいな、なんてバイトとして最低な事を思いながらカウンターに戻る。
彼から見つめられていたことも知らずに。
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作者名:はなぶさ | 作成日時:2021年7月30日 22時