あの子が幸せになるまでの記録。 (ページ4)

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家ページ4

あったかい人だと思った。

『"…ごめんね、今まで辛かったでしょう、ウチんちでA、あなたを守るからね。…"』

マルセイユ北部、シミのあるオリーブ色の家をノックした。薄っぺらく硬い木製のドアを開けた直後、肺を締めるように抱きつき泣く女性は、金髪が混じった茶色の、父と同じ髪が特徴的だった。何処と無く、口元も似ている気がする。

『"あら、目がアントニーとおんなじだわ…、ホントに、ここを家だと思って、あたしがママになったげる。あそこに突っ立ってんのがジル兄ちゃんね。あっちが───"』

『来年からは少学校ね。サッカー好きなの?じゃジルと同じクラブに入る?』

何かするものが無いと死んでしまうとでも思ったのだろうか、叔母は持っていたボールをチラと一瞥すると話す勢いが加勢し、トントン拍子に事が進んでいった。
向けられる薄い青の優しい眼が心地よかった。

本当の家のように朝食を食べ、学校に通い、風呂ではジルに頭を洗ってもらった。
相当センスが有ったのだろう、6歳の誕生日を迎えた頃には、クラブの同学年に自分のスピードに並ぶ者、テクニックを凌ぐ者は居なくなった。コーチはオファーが次々来る、こんな子は居なかった、と若干困惑気味。

好きな食べ物は叔母さんの作るシチュー。

家族の声、あの日以前の記憶を思い出せなくなり、"普通の"子供として地域に馴染み始めた頃だった。

『"お前、アントニー・ルーシャ・クレールを知っているな?"』

スペイン語訛りの脳壁に当たり反響するようなざらざらする低く不快な声。頭蓋骨を直接殴られたような気がした。ご丁寧にチャイムを鳴らし開けたドアの前に立っていた黒ニット男は、叔母の腕を荒々しく掴み、凄んだ。

叔母と彼女のでっぷり肥えた夫ラードは縮こまり、必死に脂ぎる太い首を横に振り、何も知らない、早く帰れと繰り返す。

痺れを切らしたのか乗り込み狭い家を漁り探す男に、給料4ヶ月分と思われる薄く、オイルのシミがあるユーロ札を握らせたのは17になった今やトラック運転手のジルだった。