飽和した感情を ページ4
眠たげな瞼を少し持ち上げて
目を瞠った宮は、無意識のうちにか
親指で中指の爪を擦った。
いつもいつも丹念に削られ整えれた爪。
暫しの沈黙のあとに、ここに来てから
一番なんでも無さそうな顔で宮は笑った。
「………そんなら北さんの言う通りにしましょうか」
「………あぁ、そうしとき。」
ま、深爪しても日頃の行いのせいやから
何も言えへんだろうけどな。
口元からこぼれ出た空気は
とうとう言葉となり彼に届いた。
それに気づいた宮は一瞬キョトン、
とした顔をしたあとすぐに肩を
震わせ始める。
まぁでも笑えるのは正論パンチと恐れ
られるそれとは何ら変わりない
ように見えているこの言葉を
宮は汲み取ったからなんだろうが。
えぇ酷ないですか?それ、
てか北さんもそんなこと言うって
なんか意外やったなぁ
と笑ったこいつの顔は
今度こそ本物の、いつものイタズラ顔。
思い立ったように開いた宮の口から
「春高」
「ん?」
「春高で俺は、」
漏れ出すその言葉の先はやはり紡がれない。
そして今日何度目かの謝罪を
口にした宮は今度こそ本当に
踵を返して部室を出ていった。
明日になったら今日のことは
なかったことになって、一ヶ月後くらい
には今日の出来事はたくさんの
昨日のうちの一つになる。
まぁそのうちの一つになる事すら
怪しいから、今日くらい思ったこと
を言ったってよかったのに。
それすら言えなかった俺はきっと
何者にもなれないのだろう。
そんな俺は閉められた宮の名残の
残る扉を見つめる事しかできない。
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作者名:季節の野菜を添えて。 x他1人 | 作成日時:2017年10月22日 2時