アネモネの花束【ars/J.M】 (ページ19)

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『あ、ありがとうございました。気をつけて帰ってくださいね？』

「ふっ、お前じゃないから大丈夫だよ」

『あっはは。ですね。今度来るときは何か差し入れ……』

「図々しいぞ！(笑)」

『えぇ！お見舞いには甘いものが付き物でしょ！』

唇を尖らせてせがんでくる。

食いしん坊か。

「分かったからもう寝なさい。疲れてるだろ」

『んー！はぁい。おやすみなさぁい』

「はい、おやすみ」

顔の横で小さく手を振るAを目に焼き付けて

病院の静かな廊下を頭をかきながら歩く。

俺はついに頭がおかしくなったのか。

あいつが可愛くて可愛くて仕方がない。

職場でそういうのは面倒だと、散々寄ってきた低俗女に言い放ってきたが

今ならそいつらの気持ちがよく分かる。

きっとそれに気づいた今の俺はもう

……抑えられそうにない。

けど、俺は分かってる。

弱ってる時に付け込んだとしても、そのあと、うまくいかないこと

そして、あいつは俺のことなんて、ただの上司としてしか思ってないこと。

ここから俺のことを1人の男として見てもらうにはどうしたらいいか分からないけど

俺はあいつが好きだから

誰にも取られたくないし

この先、あいつが物理的にも心理的にも、誰からも傷つけられて欲しくない。

結局Aは1週間だけ入院して、そのあとは自宅療養になったらしく

忙しいのもあってお見舞いに行くことはなかった。

けど……。

『最悪』

「あっそ」

夜に都心の夜景を眼下に、ベランダ越しに2人して顔を出して、おしゃべり中。

『マジで何で松本さんの部屋の隣なの。ありえない。こーんな広い東京に、部屋はいーっぱいあるのに、何で隣なの？帰ってきても仕事モードが抜けなくて禿げる。もはやパワハラの域！』

身振り手振り、大袈裟に言ってくる可愛い部下。

「何でもハラスメントに繋げんなよ。それこそハラスメントだろ」

本当に偶然だった。

少し前、俺の隣の人が引っ越しして行ったのは知ってたけど

今のご時世、隣近所に引っ越しの挨拶なんかしないから、俺自身もあまり気にしてなくて

しばらくすると隣に業者が入ってたから

誰か来んのかなー、部屋埋まるの早いなーくらいにしか思ってなかった。