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『そんな人、どこ探してもいないよ。さっさと胸のとこの刺青、完成させて。本当に痛すぎるし、誰にも見せたくなくて彼氏なんか作る気も失せるから。とりあえずお腹空いた。ご飯食べたい』
吐き捨てるように言うと、俺がいる部屋を通り過ぎて、自室に篭ったお嬢。
組長たちはため息を漏らして、首を横に振る。
相談役は心配そうにお嬢の背中を見つめていた。
この家に生まれて、そして継ぐと決めた以上
やっぱり普通に生きていくことは難しいらしい。
俺にその運命は変えられないかも知れないけど
一つでも多くのお嬢の中の“普通”を経験出来るといいなと心から思った。
その後、まるでお通夜のような晩ご飯の時間が終わり
食事中何も話さなかったお嬢が心配になって、暫くしてから部屋を訪ねた。
「お嬢……？」
ベッドにうつ伏せになって動かない。
風呂に入ったばかりで、髪は乾かさなかったのか、湿ったまま。
「お嬢？大丈夫ですか？」
『……かず？』
「はい」
『かずでしょ？先輩のことバラしたの』
顔だけ俺の方を向いて、穏やかに聞いてくるお嬢の目は、少し潤んでいる。
「いや……えーっと、はい……。すみません。でもお嬢が心配で……！」
『ううん。大丈夫。怒ってないよ。怒ってないけど、なんかさ？何だろうね。うまく言えないけど……難しいね』
「すみません……余計なことを」
悲しそうに笑った顔が俺の胸を強く締め付けた。
こんな悲しい顔をさせることになるなんて、予想もしていなかったから。
『バレるのも時間の問題だったはずだから。それにね？短い間だったけど、何回かデート出来たし、手も繋げたから良いの。それからキスも。ふふ、これはみんなには絶対内緒だからね？』
「……はい」
『言ったら……そうだな。かずも刺青入れてね？』
弱々しく冗談を言うお嬢が、俺のせいとは言えあまりに可哀想で
お嬢が少しでも立ち直れたらと、濡れた髪を優しく撫でた。
『かず？』
「はい」
『先輩、優しかったんだぁ』
「はい」
思い返すように鷲野くんのことを言う。
その顔はちゃんと恋をしている表情で、大人の女性に近づいているお嬢が愛おしくみえた。
『バスケ部のエースでね？試合も見たことあるけどかっこいいんだよ』
「そうですか」
『シュートが入ると私に手を振ってくれるの』
「イケメンですね？(笑)」
『うん』
小さく“そこが好き”と呟いた。
それが綺麗で、すごく可愛かった。
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作者名：鈴
| 作成日時：2020年5月31日 10時
