白椿【ars/S.S】 (ページ43)

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懐かしすぎて、思わず翔さんを抱きしめてしまいそうになって、拳に力を込めたけど

それとは裏腹に、ものすごく素っ気なくしてしまった。

だって今、目の前にいる翔さんは、私だけの翔さんじゃないから。

そう思ったのに、翔さんが抱きしめてくるから、あの時のままの……

あの頃と何にも変わらない、優しくて、逞しい腕にまた泣きそうになった。

忘れられなかった、好きだと言ってくれるのに、その言葉を素直に受け取れないのは

やっぱり翔さんの隣は私じゃないと思うからだ。

そして私が素っ気なくしてるのにも関わらず

子どものように駄々を捏ねる翔さんを、仕方なく家に連れて行くことにした。

夕暮れに放り出すほど薄情じゃないし、男性とはいえ、観光客はスリに狙われやすい。

あとは翔さんがこの地に再びくることなんてないはずだと思ったから

今夜だけ、翔さんとの時間を過ごすことにしようと自分に言い聞かせた。

でも本当に忙しいから、その時間を堪能するまではできないのは申し訳ない。

タイミングが悪い……(笑)

部屋に案内すると

「相変わらずもの少ねぇな？」

『そう？私的にはだいぶ溢れてるけど』

初めて家に来た時と同じ感想を言われた。

それを思い出して、胸がキュンと切なくなったのを隠すために

とりあえずビールとおつまみを渡して、ローテーブルの前に座るように促した。

『本当に申し訳ないけど、教材作るね。結構大作だからなかなか終わらなくて……。でも話はちゃんと聞くから。ごめんなさい』

「いや。うん。色々やりたいことあるはずなのに、無理やりこういう状況にした俺も悪い。ごめん」

『ううん。とりあえず乾杯しようか』

「おう。じゃあ久しぶりの再会に乾杯」

『乾杯』

お互い喉を鳴らしてビールを流し込む。

翔さんのその姿を目の端で捉えたら、喉仏がやけに色っぽく見えて、すぐに逸らした。

『おつまみどうぞ。まだ何か必要だったら作る。ごめんけど、仕事しますね』

「ん。どうぞ」

ローテーブルに資料や、筆記具を並べて取り掛かる。

俺の10年間の話を聞けみたいなこと言ったくせに

さっきから何も喋らず、ただ私の仕事を見ながらビールを飲み続ける翔さん。

痺れを切らして、私から聞いてみることにした。

『別れてから……何してた？』

「んー？変わらないよ。ほとんど。たまーに特番の司会とかあるけど、テンプレな毎日ですよ。あとピアノもまた始めた」