58.しがらみ ページ9
ヒュウと伸びてきた手が、躊躇うことなくあたしの首を掴む。だけどあたしは表情を変えなかった。
「笑わせるな。俺とお前が同じだと?」
「そうだよ」
冷たい目をした彼にそう聞かれたが、あたしはその瞳を見つめ返した。群青の刺青が規則的に並ぶ指が喉元にきつく食い込んでいく。
「バカを言え。こんな華奢な身体など俺の手で一捻りだ」
「殺すつもりだったなら、もうあたしは死んでるはず」
「………」
猗窩座の顔が一瞬歪んだ気がした。だけどあたしは目の前に立つ鬼の後ろに、大好きだった兄の面影を重ねていた。
あれほど慕った兄は鬼になる事を切望し、あたしを鬼にして喰おうとしたのだ。自分が強くなるという私欲のために。なのに、そこまで知ってもあたしは自分が兄を好きだという事を否定できなかった。
だって目に映る彼は、記憶の中にいる彼は、いつも笑ってあたしの事を愛おしそうに抱きしめる。何よりも大切だと言ってくれる。兄の後を追って鬼殺隊に入ったあたしに、頑張れと何度も声を掛けてくれた。
「死んでしまえば、全てが終わってしまうのに…」
どうして死んだのだ。鬼の姿であっても、あたしは彼に生きていて欲しかった。死んで欲しくなかった。あたしを殺そうと息巻いていたと言われても、それが生きる意味になるのならそれでいいと思えた。
あたしの首から手を離した猗窩座は、落ちるように床に座り込んだあたしを見下ろして言う。
「死ぬな。生きる事に特別な意味など無い。もし意味が欲しいのなら、無惨様の為に生きろ」
「…別にあたしは死なないし、なんで鬼の親玉の為に生きないといけないの」
「お前が意味を求めるから与えたまでだ」
「……」
何を馬鹿な事を。そもそも鬼は彼の為に作られたんだろうと、あたしはもはや冷静になりつつある頭で考えていた。今までは何らかの意味があって生きる事を選んでいたのだろうか。もはや分からない。
「ならば人間だった時のように、俺の為に生きるか」
頭上から聞こえた驚くべき台詞に、あたしはふっと顔を上げた。あたしを上から見下ろす鬼は、猗窩座は笑っている。一体何を言い出すんだと目の前にいる鬼を睨んだ。だが彼は嬉々として口を開く。
「俺はお前の、全てに絶望した瞳が、鬼になる瞬間の眼が好きだ」
「………え」
あたしはその言葉を、不意に嬉しく思った自分がいることに気付く。それは自分が人間だったという過去を捨てるのに近しい感覚だと、あたしは知っていた。
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紘 - 更新頑張ってください!楽しみに読んでいます◎ (2020年11月1日 21時) (レス) id: ed14337de3 (このIDを非表示/違反報告)
カレー職人 - 猗窩座の小説なかなかなく、とても面白いです!需要なんて私にとってはありありです!是非、更新してほしいです! (2020年10月23日 0時) (レス) id: 1c0023d245 (このIDを非表示/違反報告)
りん(プロフ) - イトカワさん» コメントありがとうございます!そう言って頂けて、すごく嬉しいです。一人のキャラに絞ったお話なので需要が有るのか無いのか…と、模索しつつだったので反応頂けるととても頑張れます!これからも覗いていただければ幸いです。 (2020年4月22日 17時) (レス) id: c0fa65fbb4 (このIDを非表示/違反報告)
イトカワ(プロフ) - りんさんの文章がとっても好きです。軽妙なのにふざけてなくて、重すぎず硬すぎず、ずっと読んでいたい文章だな〜と思いました。 (2020年4月20日 23時) (レス) id: f96b77b227 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:りん | 作成日時:2020年3月30日 0時