60.参 ページ11
◇
俺が鬼殺隊に入ってしばらくしてから、あんなにも俺の入隊を嫌がっていたAは休息日に家へ帰る度に鬼殺隊での話をしてと俺にせがんだ。
「兄様、隊での出来事を聞かせてください」
あまり鬼の話などしたくなかったけれど、彼女が望むならと色んな話をした。その度にAは俺のことを情景の眼差しで見つめて「兄様は余程お強いんですね」と嬉しそうに微笑む。慕われることは心地がよいし悪い事ではない。しかし鬼殺隊になることが良い事だとは、とてもじゃ無いが俺の口からは言えなかった。
そしていつしか、会う度に抱っこをして欲しいと言っていた彼女がそれを強請らなくなり、柱として独立した俺を近くで支えたいと言うようになる。隊員になることは彼女が何よりも死に近づく選択肢で、それだけはやめてくれと、今度は俺が彼女に"死にに来るな"と頼んだ。するとAは幼さを残した顔立ちで微笑む。
「兄様があたしに生きろと言うように、あたしも兄様に生き続けて欲しいのです」
ですからあたしは弱いままではいられないのです。そう言って笑ったAの言葉に、俺は項垂れるしかなかった。そうではない、ただAには普通の人として生きていて欲しいと願っている。鬼殺隊とは関わらず、鬼など切らずに、両者とは無縁の生活を。
それに俺は誰かに守られたい訳じゃない、俺の大事な人を守りたいのに。その為にはもっと、もっと。
◇
「もっと、強くなりたいと何かに願ったことはないか」
瞳の中に、文字がある鬼と出会ったのは人生で4度目だった。初めは睦、その次は伍、そして肆。
目の前に立つ鬼の目には"上弦 参"と左右に刻まれている。下弦は見たことがあるけれど、上弦と鉢合わせたのは初めてだ。すなわち人を沢山喰っている鬼だ。
まさか烏からの通達ではなく、普段通りの任務の帰りに上弦に出くわすとは。……なんて運のいい。
初めて見る上弦に他の部下達は尻込みしているように見えたが、俺は体内の血が沸々と湧き上がる感覚に襲われていた。鞘に手を当て躊躇いなく刀身を抜き出す。
「上弦だ……!すぐに応援を!他の柱を呼びましょう!」
騒ぐ隊員達の声が遠くなっていく。俺はすぐにその鬼を切ってやろうと飛び掛かったが、切りかかった瞬間にその鬼が俺に話しかけてきた。
「お前、鬼になれ。今より遥かに強くなれるぞ」
鬼の言う強さとは、妹の思う弱さとは、何かを守れるだけの強さとは、一体何なのだろう。
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紘 - 更新頑張ってください!楽しみに読んでいます◎ (2020年11月1日 21時) (レス) id: ed14337de3 (このIDを非表示/違反報告)
カレー職人 - 猗窩座の小説なかなかなく、とても面白いです!需要なんて私にとってはありありです!是非、更新してほしいです! (2020年10月23日 0時) (レス) id: 1c0023d245 (このIDを非表示/違反報告)
りん(プロフ) - イトカワさん» コメントありがとうございます!そう言って頂けて、すごく嬉しいです。一人のキャラに絞ったお話なので需要が有るのか無いのか…と、模索しつつだったので反応頂けるととても頑張れます!これからも覗いていただければ幸いです。 (2020年4月22日 17時) (レス) id: c0fa65fbb4 (このIDを非表示/違反報告)
イトカワ(プロフ) - りんさんの文章がとっても好きです。軽妙なのにふざけてなくて、重すぎず硬すぎず、ずっと読んでいたい文章だな〜と思いました。 (2020年4月20日 23時) (レス) id: f96b77b227 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:りん | 作成日時:2020年3月30日 0時