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08.縁 ページ9

「俺は竈炭治郎。でもお礼は要らないから、それじゃあ」

さようならと小さく会釈した彼の、耳たぶにある耳飾りがチラリと揺れる。それは花札のような不思議な耳飾りだった。男の人なのに可愛いの着けてる、そう思った瞬間、ドッと脳味噌に流れ込む無惨様の台詞。

『花札のような耳飾り』

あの日の無惨様の言葉、あれはこの彼の事だ。どうしようこんな所で出会ってしまった。だが彼をどうすればいい、続きが思い出せない。呼び止める言葉も思いつかない。その間にも遠くなっていく背中。慌てたあたしは勢いで口を開いた。

「たんじろう!」

咄嗟に出た言葉は、今聞いたばかりの彼の名前だった。立ち止まった炭治郎がこちらを振り向く。突然の呼び捨てに自分でも恥ずかしくなってくる。少しばかり驚いた顔をしている彼だが「どうしたんだい?」と、先程と変わらない様子であたしに聞いてきた。

「やっぱりこのままだと気持ち悪いし、何かお返しがしたいの。また日を改めて会えませんか?」

「いや、本当に何かを返してもらおうと思ってやった訳じゃないんだ」

「でもこのままだとあたしがモヤモヤしたまま帰ることになります。だからお願い…!」

「…………」

即答しない彼は、やはり困った顔をしている。どうにか呼び止めたいあたしは「それなら明日の午後3時またここで!」とまたもや勢いで言葉を発する。

「無理にとは言わない。縁があると思ったなら来てくれればいい」

ここまで、人に何かを強くお願いしたことなんてなかった。今まで相手に何も望んで無かったし、他人から何かを求めるのなんてバカらしいと思ってた。だけどあたしは何故か必死になってる。必死で、彼との繋がりを探してる。
炭治郎はううんと唸りながら(しばら)く悩んだ後、根負けしたように顔を上げる。

「分かった、約束したらば必ず来ます。あなたの名前は?」

「A。待ってます」

あたしの名前を聞いた炭治郎は頷く。そしてまたお辞儀をして、今度こそ彼は行ってしまった。
その場に立ち尽くすあたしは小さくなっていく炭治郎をぼうっと眺める。そして一気に切なくなった。

「"鬼狩りの首を…"」

今、無惨様の言葉の全貌を思い出したのだ。
首を持ってこいと、つまり彼を殺すということか。心がグッと握り潰されるように痛くなった。そんなこと出来ない、それよりもしていいのか。そんなの考えなくてもわかる、良い訳ない。
あんなに心の綺麗な人間を、殺してはいけない。

「どうしよう……」

怖い、すごく。自分の知らない内に、あたしはこんな事の為に鬼になったの?

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作者名:りん | 作成日時:2020年1月25日 0時

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