05.豹変 ページ6
side.猗窩座
俺は地面を闊歩する。葉を踏みしめて、苛立ちを殺すように黙々と前を行く。琵琶女に移動先を伝えるのを忘れていたからか、薄暗く陽の当たらない森の中だが、なぜか街の近くに飛ばされた。遠くの方で人間達の雑多なざわめきが聞こえてくる。
「ねぇ…」
後ろから女の細い声が聞こえてくるが、振り返らずに先を進んだ。
「……待って」
引き止められたが、それでも無視する。
「あたしの話聞いて………、」
砂を激しく踏み締める音が近づいてきた。
「ねぇ！ちょっと！」
後ろから追いかけてくる女の足音が早くなる。他の鬼と違って、彼女からは不思議と鬼の気配がしない。どちらかというと人間に近いような、未だ生きてる感じがするのだ。
「猗窩座！！」
そんなことを思っていた瞬間、大きな声で名前を呼ばれる。それと同時に手首を強く掴まれ、ガクンと身体が傾いた。振り向きかけた俺の顔を覗き込んだ彼女と目が合う。
「あたしをここに置いていくつもり？少しは説明してくれない？」
力強い瞳をしてる彼女。目を丸くした俺が咄嗟にその手を振り払うと、女は怒った顔をしてこちらを見上げた。
「気安く触るな」
「だって、そっちが無視するから」
「一体なんの説明がいるんだ」
「なんのって…」
俺の言葉に彼女は打って変わって信じられないと唖然とする。
「しつこいようだけど、あたしは鬼になりたくてなったわけじゃ無いの」
「理由なんて後付けだ。今は無惨様の仰せの通りに動けばいい」
「…どういうこと？何も仰せられてないのに」
「…………」
目を細めた俺は彼女から視線を逸らす。だが彼女は構うことなく俺の背中を追いながら話を続ける。
「無惨様の顔を覚えてないし」
「………」
「しかもあたし、鬼になってから何も食べてないの」
「…………」
「すぐそこだし街まで連れて行ってほしい」
「くだらない。一人で行け」
「え？なんで一人で行かなきゃいけないの？首絞めたの悪いと思うなら来てよ」
「………………」
今日何度目かの沈黙。扱いがわからない。苛立ちを通り越して、もはや戸惑いの域に達してる。無惨様に命じられたとはいえ俺は早くも、彼女を同じ場所に連れてきたことを後悔していた。
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作者名：りん | 作成日時：2020年1月25日 0時
