42.優しさは時に人を殺す ページ43
彼が行ってから、そろそろ四半刻経つ。一向に戻ってこない彼を、ついには待ちきれずにあたしは気配を辿って歩き出す。まだ彼の気配は有るのだ、だから死んで無い。
それを追ってしばらく森を歩くと、いつの間にか大きな洞窟の前に辿り着いていた。
「……何この臭い」
洞窟の中から吹く生温い風は鼻腔の感覚がエグれそうなぐらい血生臭い。でも洞窟の奥から彼の気配を感じる。不意に胸騒ぎがした。いや、大丈夫だ、彼は強い。あたしは自分にそう言い聞かせて洞窟の中に足を踏み入れる。
薄暗くて足場が悪く、何か動物の鳴き声のようなものが聞こえた。奥に行くに連れて、彼の気配は濃く血の臭いも濃厚になる。
「お姉さん……」
喉から搾り出すような声。洞窟の奥から先程の少女が出てきた。少女の着物にはさっきは付いていなかった血が付いていて、彼女はパクパクと人形みたく口を動かす。
「この中に、さっきの人とお父さんが」
目を赤くした少女があたしを見上げた。よくもそんな嘘を抜け抜けと。穴の奥からは生ぬるい風が吹いてきて、それに乗って流されて来るのは鼻腔をつんざくような血の臭い。
「…………」
凛之助の姿を見つけたらこんな鬼、即座に殺してやろうとあたしは少女の横を通り抜けて先を行く。しばらく歩くがやはり何もいない。
「お父さんは、彼はどこにいるの」
あたしは後ろをついてくる少女に尋ねた。返事は無い。思った通りあれは嘘だったと足を踏み出せば、その瞬間足元にぬるりとした感触。
「なに」
視線を落としたあたしはヒュンと背中を冷たくさせた。薄暗い足元には、少女に連れられて先に行った彼の身体が放り出されるように落ちている。それはあの日を
「……だから、鬼だと言ったのに」
小さく呟く。何度も、言ったのに。腰に巻いた鞘から刀を取り出して、後ろに立つ少女に向かって勢い良く振りかぶる。だが、振り下ろした刀は当たらない。言い換えると、当たらなかったのではなく当てなかった。
「うわ！！！」
洞窟内に響いたのは、あたしの悲鳴だった。少女に刃を振り下ろすその直前、咄嗟に刃先の経路を無理矢理ねじ変えた。だって刀を向ける相手が違う。大きく空振り体勢を崩したあたしは、目の前に立つ人物に絶望する。
「な、な………っ、なんで」
頭部から血を滴らせ、鋭い牙に尖った目をした凛之助がそこに立っていた。グルルと唸った彼、その姿はまるで鬼そのものだった。
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作者名：りん | 作成日時：2020年1月25日 0時
