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41.嘘でも信じる ページ42

(ほの)かに香る不吉な匂い。真夜中にこんな幼子が外を出歩いている訳が無いのだ。

「助けてください、鬼が…」

そう言って今にも泣きそうな顔でこちらに駆け寄ってきた女の子。ひゅんと音を立てて、少女の顔面に向かってあたしは刀を(あお)った。驚いた表情をしたのは少女ではなくあたしの隣にいた凛之助。

「こいつ鬼だ」

あたしの言葉に小さな女の子は目を細めて、鬼に襲われたと今一度言う。彼は不安そうに女の子を見て「話だけ聞こう」と言うが、駄目だ。少女からは鬼の気配がする。

「嘘ついてる、鬼だよ」

「嘘じゃないの…!本当に」

助けて欲しい、と悲痛な声色で女の子が叫んだ。距離が縮まると途端に鼻をつく濃い血の香り。顔を歪めたあたしは少女の首を狙って勢い良く刀を振るう。だが小さな身体はそれを避けようとしない。ギリギリの所で刃を止めた。舐めているのかと刀を握り直せば、待って欲しいと彼が止める。

「鬼が…っ、鬼に、すぐそこで」

切羽詰まった様子で何かを伝えようとして来る少女。姿形は人間だが、やっぱり鬼の気配がするのだ。だけど凛之助は少女の話を聞こうと、あたしが制止するのも聞かずに鬼の元へ向かう。

「落ち着いて。俺が話を聞くよ」

「お父さんが、鬼に…!」

ポロポロと目から涙を流して、親が殺されたと訴える少女。必死なその姿が、幼い時の自分とあまりにも重なりあたしは思わず顔をしか()めた。

「…どこから来たの」

あたしは少女に尋ねる。少女は困った顔をして、向こうとしか言わない。刀を仕舞おうとしないあたしに、不安そうにしていた凛之助が口を開いた。

「Aはそこで待っててくれ、俺が見て来るから。何も無かったらすぐ戻って来る」

あたしは一瞬躊躇(ためら)ったが、彼の気迫に押されてその場に留まった。凛之助はお父さんのところまで案内して欲しいと少女に声をかける。途端に表情を明るくさせて蜘蛛の糸に(すが)るように凛之助の手を掴もうとした少女。あたしは咄嗟にその小さな手を振り払う。ひんやりと体温の感じない、冷え切った手のひらに眉をひそめる。ほらやっぱり、こんなのが人間な訳がない。

「A、大丈夫だから」

あたしが非情にも払った手を彼は自ら握った。彼は鬼にも心があると言う人間だ。こいつは確実に外道の鬼なのに、それでも困っていれば同情してしまう。

「はやく、こっちです…!」

彼は少女に連れられて森の中に消えていく。あたしはその背中をじっと睨んでいた。

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作者名:りん | 作成日時:2020年1月25日 0時

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