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37.鮮やかに蘇れ ページ38

記憶の渦が頭の中で波打ち、轟々(ごうごう)と音を立てた。

「誰なの…」

またあの(いや)な感覚が襲ってくる。昨晩の悪夢を見た時と同じ、知っているのに知らない人間が現れた時の感覚。これが来ると不快な気持ちになる。自分が知らない自分を、他人だけが知っているなんて気味が悪くて仕方ない。

「記憶が無いのか?」

頭を抱えるあたしにそう尋ねてくるこの人は鬼殺隊だ。だって紅色の羽織の下には真っ黒の詰襟を着ているし、腰には刀がちらりと見えた。それを目にした瞬間、あたしは家で見つけて持ち出した刀の(つば)を思い出す。あの鍔にあった模様と、目前に立つ彼の持っている刀の鍔が同じだ。お兄さんの物だと思っていたあれは、彼の物なのか?

「あの日のこと、忘れてしまったのか」

彼は悲しそうな顔をするが、あの日だろうがこの日だろうが、覚えてないことは聞かれても分からない。眉をひそめたままのあたしに、彼は至極残念そうに口を開いた。

「…もう、鬼になってしまったんだな」

唐突なその言葉にあたしはギョッとする。彼は随分前からあたしが鬼だということに気付いていたらしい。それが知られているなら話は変わってくる。ジリジリと後ずされば、彼はあたしの考えを読んだらしく「俺は何もしない」と小さく呟いた。

「……Aのことを探してたんだ。あの夜なにがあったのか聞きたくて、でももう君は覚えていないのかもしれない」

淡々と抑揚なく言った彼の瞳は多分嘘を言ってない。警戒していたあたしだが、ふと彼が今のこの生活を変化させる引き金になるのでは無いかと思った。あたしは彼に尋ねる。

「何か知ってるなら教えて。あたし、自分が鬼になった理由を覚えてないの」

そう言うと、彼は顔をあげる。

「俺は君のことをよく知ってた」

優しい目をした彼は弱い笑顔で微笑む。君は鬼殺隊だったと彼は言った。
隊に入った頃は刀さえ握れなくて、血が怖いと怯える君はよく柱達に叱責されてた。…だけど君は突然強くなる、生まれ変わる。皆が弱音を吐いても君だけが泣かなくなった。そして鬼を沢山、無我夢中で殺してた。

「猗窩座に復讐するために」

その台詞にぐにゃりと頭の隅で(よみがえ)る悪夢。あたしの足場が音を立てて崩れ落ちていく。

「…………嘘だ」

本当は心の奥底でそうかもしれないと思った。それでも信じたくなかったから耳も目も口も、心も全て塞いでた。鬼か人間かという些細な理由で過去が決まってたまるかとそう思いたかった。



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作者名:りん | 作成日時:2020年1月25日 0時

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