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「今ここで真実を聞いたとして、どうせ喰われれば同じじゃないか」
「聞けたのならそれでいいのです。教祖様に喰われる事など、私は怖くはありません」
彼女がひたりと右足を前に進めた。真っ白の足袋を履いた足がこちらへ近寄ってくる。手を伸ばせば届く距離まできた彼女の腕を、君の望み通りにと俺は掴んだ。
Aの顔がぴくりと歪む。それを見上げたまま彼女の身体を自分の方へ思い切り引いた。Aはぐらりとバランスを崩して俺の腕の中に落ちてくる。それを受け止めた俺は、彼女の首に扇子を当てて気道を絞めた。そして耳元でそっと囁く。
「男は駄目だ。肉が硬くてきっと不味かった」
俺の言葉に、Aは一瞬呼吸を止めた。直ぐに肩がカタカタと小さく震え出す。俺の口から聞くまでは未だ、それを確信していなかったのだろう。そしてAは呟いた。
「…私は逃げません。喰うのなら私の心変わりが無い今のうちです」
「いや、食べるつもりはないよ」
「……………」
「そんな勿体無い事をするか」
黙り込む彼女の細い首筋に、唇を押し当てた。柔らかくて美味しそう、だけど手放したく無い。この子は俺の心を溶かす唯一の人間だ。
「いつものように俺を好きだと言ってくれ」
「……………」
Aは何も言わず黙ったまま俯いている。確かに俺は彼女の婚約者を殺した。でも喰ってはいない。不味いと分かってて食べたりしないし、婚約者が彼女に暴力を振るっているのを知っていたから、目障りだと思って殺したのだ。
「君に暴力を振るう婚約者など、この世の中には要らないだろう」
ぽつりぽつりと、丸い水の粒が彼女の頬を伝って滴り落ちる。あんな男でも、死ねば悲しいらしい。彼女の涙が、俺の着物を濡らして袖を濃い色に染めていく。
「分かるよ。とても悲しい…、死んだ人間はもう戻らないのだから」
「…………………」
「でももう大丈夫。悲しい事など何も無くなる」
すすり泣くAの肌には薄紫をした打撲の痣がある。きっとそれは服の下にもあって、俺が見ても痛々しい。だが今後はもうそんな色になる事はない。婚約者だか何だかよく分からない人間はもう死んだ。きっとあの男が、信者を喰っていることを彼女に伝えたんだろう。伝えて、俺から彼女の心を引き離そうとしたらしい、とても愚かな人間。
「この痣達が消える頃には、また君はいつもみたく笑えるようになる」
そして俺の側にずっと居ればいい。ずっとずっと、そうしていればいい。君はそれでいい。
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作者名:りん | 作成日時:2019年8月19日 13時