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Aが詳しいことを話すことはなかった。曖昧に微笑んで、それでその話は終わりを迎えた。見学も終えて、入部届をもらいに行き事情を話すと先生はひとこと「大丈夫か？」とだけ聞いてくる。Aは深く頷いただけだった。
ひとり遅い足取りで帰路を歩き家に着くといつものような賑やかさはなく、子供たちが帰ったあとのようだ。
「ただいま」
「遅かったなぁ、どないしたん？」
「部活…誘われて、テニス部の見学行ってた」
閉店作業をする祖母は一瞬だけ手を止め、真っ直ぐ彼女を見つめた。が、すぐに掃除を再開しちょっとした沈黙が流れる。
「おばあちゃん」
「うん？」
「私……テニス、やめたくなかった」
「うん」
祖母の家は表が駄菓子屋で、奥へ入ると一段上がる形でリビングのようなくつろげる部屋と台所があり、階段を登ると私たち姉弟の部屋と祖母の寝室がある。Aはリビングへ上がり話を続けるためドアを開けたまま、座布団に座り込んだ。
祖母はAの話を相槌を打ちながら掃除を続けた。
「病院の先生にテニス続けると歩けなくなるって言われた時ね、なんかもういいやって。歩けなくなる方が家族に迷惑かけるからって納得した、それは本当」
「お母さん言うとったわぁ、Aは何も言わんかったって。我慢してるんだって」
掃除を終えて、表のシャッターを下ろすと祖母も靴を脱ぎ上がって来てシンクで手を洗う。冷蔵庫から冷たいお茶を出してコップに2人分注ぐと祖母は彼女の目の前に座った。
姿勢良く座る祖母は優しく笑いながら続けて口を開く。
「おばあちゃんね、Aがやりたい事は否定せぇへんよ。悪いことやないなら、やけど」
「お店、手伝う時間減っちゃうけど……」
「ええんよそれくらい、学生は遊ぶことが大事なんやから」
「ふふ、勉強じゃなくて？」
「んふふ、おばあちゃんがそうやったんよ」
勉強もある程度必要やけどね、と付け加えた祖母を横目にAは鞄から貰ってきた入部届とペンケースを取り出し自身が記入するところを書いてしまう。
祖母に渡せば、入部届を見てから彼女に視線を向けて静かに頷いた。
「おばあちゃん、私テニス部のマネージャーやる」
「うん。しっかりやんなさい」
——「“男子”テニス部ねぇ……」
——「…なに？」
——「彼氏、出来たらおばあちゃんにも教えてなぁ？」
——「な、なに言ってんの！」
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作者名：きりふき | 作成日時：2022年2月22日 2時
