第36話 吉良瞳子 ページ36
その横で肩を落としていた土門君は、俯きながら呟く。
「なんだよ……豪炎寺のやつ、一人でゲームセットかよ……」
「違う。別れはゲームセットじゃない……。
出会いのための、キックオフだ!」
土門君の言葉を否定し、また笑顔を取り戻した守が言う。
そんなみんなの輪から外れた場所で、私と監督は会話を始めていた。
誰かが割り込んでくるわけでも、
盗み聞きされるわけでもない、離れた場所で。
「……さて、まずはなにから話そうかしら」
「…………」
途端に監督が柔らかい笑みを浮かべながら話すので
私は戸惑い、言葉が見つからずに黙り込む。
「……まず……素晴らしい洞察力だわ、A」
「…………え」
洞察力がどうのという話よりも、監督が
突然自分を呼び捨てで呼んできたことに驚いた。
まるで親しい者とでも話しているかのような姿勢だ。
「正直言うと、まさかこれほどまでとは思わなかった。
まるで思考を読まれているかのようだったわ」
「……サッカーは、そう教えられてきましたから……」
「……そうなの」
怪しげな視線を監督に向けていると
ふと、目を閉じた監督は少し間を置いて。
また目を開くと、話題を変えてきた。
「覚えていないかしら。私のことを」
「……あなたのことを?」
「ええ。随分前の話よ……孤児院でのこと。
一度だけだけれど、私と話したことがあること」
──孤児院。
自分の記憶にある限り、私が孤児院にいった場所は二つある。
一度だけしか話すことのできないほど短くいたのは
一つ目の孤児院の方。
もう一つは、有人たちと知り合った孤児院。
そちらではなくて、本当に一週間もいなかった場所の方。
吉良瞳子……孤児院……。
「…………あっ」
「思い出したかしら」
「……お日さま園、の……?」
確か、そんな感じの名前の孤児院だった気がする。
聞けば、監督は微笑んで頷いた。
その笑みは十年ほども前の記憶にある、
まだ大人にもなっていない瞳子さんのものと重なる。
「けれど、どうして監督に……」
「そうね。追々話していくわ。
その前に……あなたたちのことについて話させてほしいの」
いつもの監督の表情に戻るのを見た私は、
自然と気持ちも引き締まる。
「まず、豪炎寺君のことよ」
「豪炎寺君……彼がどうかしたのですか?」
まさかここでその話題を振ってくるとは思わず、
私は顎に片手をあてながら考え込むようにして問う。
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作者名：フェイル | 作成日時：2014年8月1日 0時
