高熱 ページ6
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まずった――
霧立はデスクで頭を抱えた。あの風見の怪訝そうな顔は、絶対に自分の行動を不審に思ったためだろうと簡単に想像出来る。
本当は缶コーヒーなど買う予定はなかった。並ぶ色とりどりの商品を眺めるうちに、ついつい目に馴染んだコーヒーを買ってしまったのだから、間違えたというのは嘘ではないと霧立は自分に向かって言い訳する。
だが、微糖仕様のコーヒーを渡してしまったのはさすがにまずかった。明らかに彼のことを意識したのが本人に伝わってしまっただろう。
「霧立さん」
低い独特の響きを持った、よく通る声。この声が聞こえると、霧立は無意識にそちらに気をやるのが常となっている。
「ん?」
風見は困ったように少しだけ眉を寄せると、それをごまかすように眼鏡のブリッジを押し上げた。
「これ……さっきのお礼です。お疲れでしょう、よかったら、どうぞ」
そう言って彼が差し出したのはチョコレートの箱。当然のように、ハイミルクのより甘い種類のものだった。
「……あ、ありがと」
チョコレートはこの上なく甘かった。その甘さだけで、疲れていた頭と体にエネルギーが補給される気がした。
けれど、それ以上に霧立は塞ぎ込んでいた心がにわかに温かくなるのを感じた。なるべく忘れようとしていたのに、その決意はチョコレートのように融けてしまったようだった。
霧立は羽織っていた薄手のカーディガンを脱いだ。建物の中は冷房が効きすぎて、少々肌寒かったはずだ。だが今は、そんなものを着ていては火傷してしまいそうだった。
「あ……」
ふいに風見と目が合った。彼はふ、とその鋭い目許を緩め、実に柔らかな視線を霧立に向ける。それからこれは霧立の勘違いかもしれないが――ほんの少し、ほんの一瞬だけ口角を上げて微笑んだ。
それを見て、彼女の中で何かが一気に燃え上がった。夏の暑さで溶けないようにひたすらに自制していたものが、他でもない彼によっていとも容易く溶かされてしまった。
いや――霧立にとってそれはただのきっかけに過ぎない。膨れ上がった風船を突く、針の止めの一刺しだ。遅かれ早かれこのようなことになっていた。
理由は明白だった。霧立自身もそれを理解している。
彼女が風見裕也という男のことを、どうしようもなく愛しているが故だ。
霧立はそれを認めるしかなかった。
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作者の勝手な裏設定
夢主の趣味は読書。
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長谷夏子(プロフ) - たんぽぽ珈琲さん» コメントありがとうございます。そろそろ佳境ですので、更新頻度を上げて頑張りますね。よろしくお願いいたします。 (2018年11月10日 7時) (レス) id: 19bd7edd69 (このIDを非表示/違反報告)
たんぽぽ珈琲(プロフ) - わーやっぱり私の頭では迷宮入りしてしまう殺人事件でした。次の話が待ち遠しいです。 (2018年11月10日 1時) (レス) id: 24c9be7e32 (このIDを非表示/違反報告)
たんぽぽ珈琲(プロフ) - 長谷夏子さん» そういえば書いてありましたね(汗) ちょっと頭を捻ってみます。 (2018年10月18日 20時) (レス) id: 24c9be7e32 (このIDを非表示/違反報告)
長谷夏子(プロフ) - たんぽぽ珈琲さん» この作品にもコメントしていただいて、大変嬉しく思っています。名前には数字と時間帯を入れてみました。ネクストコナンズヒントは「ハイヒール」ですよ(笑)応援ありがとうございます。精進して参りますのでよろしくお願いいたします。 (2018年10月18日 18時) (レス) id: 19bd7edd69 (このIDを非表示/違反報告)
たんぽぽ珈琲(プロフ) - え、えーっ。そんないきなりそう聞かれても困っちゃいますね……名前に数字が入っていることくらいしか分かりません(涙) 犯人が誰なのか気になりますね。作者さんの作品全て応援してます! (2018年10月18日 17時) (レス) id: 24c9be7e32 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:長谷夏子 | 作成日時:2018年7月26日 12時