虚像 ページ43
.
「随分と信頼されているようですね」
「ああ、それに答えなければ」
風見は凛々しい眉を寄せ、霧立に言った。霧立と同じように、痛感するものがあったのだろう。二人はしばし見つめ合った。着替えてくる、と霧立が控えめに口に出すまで、風見は視線を逸らすことはなかった。
「ホテルの外で待ってます」
霧立は風見に頷きかけ、化粧室へと足を向けた。清潔で明るいそこには、落ち着いた雰囲気の弁護士がいた。
「まだいたの」
「ええ」
個室に入ってドレスを着替え終わると、弁護士は桜色の鮮やかなルージュを塗り直していた。
「少し、若作りが過ぎない?」
「関係ないわ。私の好きにする」
弁護士は何でもないようにそう答えると、鏡越しに霧立を見た。セミロングの栗色の髪が顔の横で揺れる。透けるような白い頬には色が刺されていた。堅実そうな眉に締まった口許という、真面目そうな顔立ちが、静かな笑顔に変わる。
「そっちの方がいい。真っ白なキャンバスみたいで素敵」
「ありがとう」
霧立はポーチなどは持ってきていなかったため、口紅だけを塗り直すしかなかった。
「そういえば、どうしてあんな名を名乗ったの?」
「ああ、あれはただのしゃれさ」
鏡の向こうの自分がこちらを見ている。滅多なことを言わないよう、見張っているのだ。それを嘲笑うつもりで霧立は答えた。
「『公安参上』ってね」
ほら、くだらないだろう? お前が見張る価値などない。鏡の中の自分は、表情を変えることはなかった。しかし、弁護士は笑ってくれた。
「冴えてるね、けっこう面白い」
彼女は気だるげな動作でポーチをバッグにしまうと、やっぱり鏡越しに霧立を目を合わせる。
「じゃあ、彼と幸せにね。またどこかで」
シャンプーの香りを残したまま、彼女は去ってしまった。もう二度と、会うことはないのだろう。二人はそのことに気付いていた。
霧立は再び、鏡の中の自分を睨み付けた。向こうもこちらを睨んだ。ほんの少し微笑んでみれば、向こうは取って付けたような笑みを浮かべる。
正体は見えている。公安警察の矜持が、重圧としての顔を剥き出したのだ。なに、大したことではない。久しぶりに煙草が吸いたくなった。
「……」
強い虚無感に思わず胸を押さえた。それを振り払うがごとく、彼女は羽織っている紺のカーディガンを翻す。そのまま、こつこつと音を立てて足早に化粧室を立ち去った。
.
作者の勝手な裏設定
夢主の趣味は読書。
228人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「名探偵コナン」関連の作品
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
長谷夏子(プロフ) - たんぽぽ珈琲さん» コメントありがとうございます。そろそろ佳境ですので、更新頻度を上げて頑張りますね。よろしくお願いいたします。 (2018年11月10日 7時) (レス) id: 19bd7edd69 (このIDを非表示/違反報告)
たんぽぽ珈琲(プロフ) - わーやっぱり私の頭では迷宮入りしてしまう殺人事件でした。次の話が待ち遠しいです。 (2018年11月10日 1時) (レス) id: 24c9be7e32 (このIDを非表示/違反報告)
たんぽぽ珈琲(プロフ) - 長谷夏子さん» そういえば書いてありましたね(汗) ちょっと頭を捻ってみます。 (2018年10月18日 20時) (レス) id: 24c9be7e32 (このIDを非表示/違反報告)
長谷夏子(プロフ) - たんぽぽ珈琲さん» この作品にもコメントしていただいて、大変嬉しく思っています。名前には数字と時間帯を入れてみました。ネクストコナンズヒントは「ハイヒール」ですよ(笑)応援ありがとうございます。精進して参りますのでよろしくお願いいたします。 (2018年10月18日 18時) (レス) id: 19bd7edd69 (このIDを非表示/違反報告)
たんぽぽ珈琲(プロフ) - え、えーっ。そんないきなりそう聞かれても困っちゃいますね……名前に数字が入っていることくらいしか分かりません(涙) 犯人が誰なのか気になりますね。作者さんの作品全て応援してます! (2018年10月18日 17時) (レス) id: 24c9be7e32 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:長谷夏子 | 作成日時:2018年7月26日 12時