ほんの少し先の話を

降下 ページ19

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　そのままぶつり、と切れた通話に、霧立は携帯電話を床に投げつけたい衝動に駆られた。
　あの男はいつもこうだ。人の都合など聞きやしない。
　心の内でそう吐き捨てながら、先ほどとは打って変わって仏頂面で地下へと向かう。


「……何かご用で？」
「悪いな、急に呼び出して」

　見慣れた白いスポーツカーは簡単に見つかった。こんなに燃費の悪い車を日常的に使う者は、そうはいるまい。
　運転席の窓を乱雑にノックし、上から睨み付けるように仁王立ちする。降谷零はそんな霧立の様子も意に返さず、うわべだけの謝罪を淡々と述べた。

「とりあえず乗れ」

　指示通り助手席に乗り込むと、霧立は小声で無愛想に尋ねる。

「『虫』は大丈夫なんだろうね」
「ああ、確認はしてある」
「では、私の休日の邪魔をするほどの大切な要件というものをお聞かせ願いましょうか。降谷さん」

　すると、降谷はスーツの内側から一枚の写真を取り出した。三十代後半から四十代前半くらいの男が映っている。
　彼の目はレンズを見ていないので、おそらく隠し撮りだろう。高級そうなスーツをきっちりと折り目正しく着こなしている。

「これは？」
「IT企業の社長、百谷時貴(ももやときたか)だ」
「その若社長が何だって言うんだ」
「この男の持つ情報が捜査に必要だ、それを根こそぎ手に入れてきて欲しい」

　霧立はため息をつき、携帯電話で時刻を確認した。今は十五時過ぎだ。十八時にはまだしばらく時間がある。

「当然、公安お得意の違法捜査ってわけか」
「ああ、いけるな？」
「他に選択肢はないだろ」

　降谷は霧立に対し、要点を説明していった。
　昼頃から企業主催の大規模なパーティーが行われていること。企業の社員の中に降谷の協力者がいること。パーティーは隣の米花シティホテルで開催されていること。件の社長の会社には裏社会との繋がりも疑われていること。

　それから降谷は、彼女の服装をじっと見て口を開きながら、後部座席に置いてあった紙袋の中を覗く。

「珍しいな、そういう服装。誰かと待ち合わせでもしているのか？」
「ええ、まあ」
「それは悪かったな。……なかなかいいんじゃないか。だが、任務には向いていない」

　そう言って、霧立に紙袋を押し付ける。中身は深紅のイブニングドレスに深紅の手袋。白いクラッチバッグ。それから、軽い拳銃と消音器とホルスター。

「……本気で言ってる？」


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