忘却する ページ4
「もう、幼い時の事すら思い出せないの」
貴女の瞳からぽろぽろと流れ落ちる真っ赤な紅葉。それを勧められるがままに食べてみると、涙のようにしょっぱかった。貴女の記憶が詰まっているというこの葉を食べるということは、貴女の記憶を奪うことと等しいだろう。溢れるのは辛く悲しい記憶だけではなく、幸せな記憶やずっと覚えておきたいと願った記憶もなのだから、綺麗に形取られた小さな紅が両目から落ちるのを見る度に心が痛む。毎日少しずつ落ちるから気にしないでと笑う貴女の顔は、いつもの文屋としてのあの掴めないものではなく、羽を傷つけてしまった鳥のように足を地につけたものであった。貴女がずっと近くに感じられたのだ。心のどこかでこのことを幸せに思う私がいた。
何の変哲も無い朝。貴女は定期的に白玉楼を訪れるから、今日は来ない。お嬢様と2人で1日を過ごすことになる。特に言うこともない、いつもの朝だ。朝餉を摂る為に席に座ると、向かい側のお嬢様が私を見た途端にまぁ、という声を上げた。
「どうかしましたか?何か変ですか?」
何かと思って問いかけてみると、お嬢様は目を瞬かせた後に目を擦り机の奥の方、私の箸が乗っている方を見る。少ししてからやっぱり、と呟いた。
「え、何かあるんですか?」
理解できずにそのまま聞いてみると、お嬢様は私分の味噌汁が入っているお椀を指差したのだ。
「ほら、これよ、これ。綺麗な桜の花びら」
お嬢様の言う通り、味噌汁に桜の花びらが浮かんでいた。今の季節は初夏。桜はとうの昔に散っているはずなのに……ぼんやりと考えていると、また視界の中に桃色のかけらが現れた。
「妖夢の目から出ているのね。季節外れの桜も見ものだわ」
え。
どういうことだ、と疑問が頭を埋め尽くす。思考が上手く働かない。でも、ただひとつ、こんな脳内でもわかることとすれば───私の瞳には、桜並木が映っているということだ。貴女の、文さんの瞳にも私とは角度が違うけれど、紅葉の林が映っていた……!
ぼろぼろと落ち続ける桜の花びら。だんだんと平静さを失っていく我が主。幼い頃の記憶から、私が、どんどん崩れていく───!
何故ここにいるのかすらわからず、名前すら思い出せない貴女の、葉を一枚食べた。
「それは私の記憶の一欠片なの。何か、思い出せそう?」
切なげに笑う貴女の瞳の中で、紅く染まる緑を、目から零れ落ちる紅を───美しいと感じるとともに、心が痛むほど、刺すような苦味が私を覆ったのだ。
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ゆめえぬ(プロフ) - ミリアさん» 私も2時間ちょっと前に終わったところですね。お疲れ様です。お誘いは嬉しいのですが、当方東方しかまともに書けないので……すみません。 (2019年12月9日 21時) (レス) id: 201cd87573 (このIDを非表示/違反報告)
ゆめえぬ(プロフ) - 星スピカさん» ありがとうございます…… (2019年12月9日 21時) (レス) id: 201cd87573 (このIDを非表示/違反報告)
ミリア - お仕事終わりました。すみませんでした;;更新頑張って下さいね! (2019年12月9日 16時) (レス) id: 529b85d986 (このIDを非表示/違反報告)
星スピカ - 友人で仕事中のミリアさんが「すみませんでした;;更新頑張って下さい」って言ってました。 (2019年12月9日 12時) (レス) id: c52f7f856a (このIDを非表示/違反報告)
ゆめえぬ(プロフ) - 星スピカさん» ありがとうございます!不定期更新なので、気が向いた時にでも見て行ってください……! (2019年12月9日 12時) (レス) id: 201cd87573 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ゆめえぬ | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/muraku461/
作成日時:2019年5月1日 21時