夏のせい ページ26
重たいスーツケースを引いて海岸から離れて島の内部へ進む。
少し歩くと道の脇に大きな看板が立っていた。
看板の一番上には大きな『ようこそ、流瑠島へ』の文字。
「り、りゅう…?」
「ながる、だ。流れるに瑠璃の瑠で“ながる”」
ながる。綺麗な響きだ。
看板には流瑠島の地図と観光スポットが描かれている。
サクライはその地図の一点を指差した。
「ここが今から行く旅館だ。俺の友達が経営している」
現在地は島の東部だが、サクライが指したのは西側の海のそば。
ここからは歩いて三十分強といったところか。
「『旅館 星宵の宿』か。なかなか良さそうじゃん」
松本は満足げに頷いて一人で歩き出した。
いつもなら文句の一つでも垂れそうだが、珍しく上機嫌だ。
私は不思議そうな顔をしていたのか、オオノがそっと耳打ちしてきた。
「潤くん、口には出さないけど今日の旅行すごく楽しみにしてたんだよ。三日前から張り切って準備してたんだ」
自分の部屋で持っていく荷物をいそいそと準備する松本を想像して顔がほころぶ。
案外、かわいいとこあるじゃん。
オオノと私がくすくす笑っていると松本が振り返った。
「おい、なにぼさっとしてんだよ。さっさと行くぞ」
「はーい!」
オオノは弾むような足取りで松本についていく。
サクライを見ると松本の態度に呆れながらもいつもより嬉しそうだ。
みんな、この島の空気に浮かされている。
「サクライ、私たちも早く行こうよ」
手首をつかんで軽く引っ張ると「ちがうだろ」と手を離され、代わりに大きな掌がきゅっと私の手を包み込んだ。
こんなかっこいいことが自然にできるんだから、ほんとに困る。
それがかっこいいと自覚がないのはもっと困る。
私は少し熱くなった頰を浮かれた夏の空気のせいにして前の二人を追いかけた。
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流瑠島____ここは海に浮かぶ小さな離島。
急速に進んでいる都市開発の波にのまれることなく昔のままの町並みをとどめている。
以前にここの山を切り開いてリゾート地にしようという計画が持ち上がったらしいが、島民の激しい反対で断念したのも二十年以上前の話。
それからは特に大きな動きもなく、澄んだ海も鮮やかな緑の山も美しい状態を保っている。
都会の喧騒にもまれて疲れた人がひと時の癒しを求めて訪れたり、短期旅行で来るのにちょうどいい場所。
要するに特別有名ではないがさびれてもいない、ちょっとした観光地だ。
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黄昏水晶 - もえさん:ありがとうございます!率直にそう言ってもらえると嬉しいです。 (2015年8月2日 12時) (レス) id: b5cdbd3ae8 (このIDを非表示/違反報告)
もえ - うぉぉぉぉぉ!!!!!面白いーw (2015年8月1日 2時) (レス) id: f4a5ca3939 (このIDを非表示/違反報告)
黄昏水晶 - 杏仁どーふさん:ありがとうございます。これからも応援よろしくお願いします。 (2015年4月1日 16時) (レス) id: b5cdbd3ae8 (このIDを非表示/違反報告)
杏仁どーふ(プロフ) - 続編おめでとうございます(*^^*)応援してます♪ (2015年3月30日 22時) (レス) id: e8420b0568 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:黄昏水晶 | 作成日時:2015年3月27日 11時