case3.Tnと同棲。 ページ6
「ただいま」
ガチャリと音をたて開かれた玄関の扉と共に癖づいてしまったその言葉を発するも暗く電気の点っていない部屋から返答が返ってくる事はない。
そうしてしまったのは俺なのだから。
初めての彼女だった。
恋愛経験もなくて素直になれない俺を好いてくれたAは俺のためにといつも文句も愚痴も言わなかった。
最初は我慢させてしまっているという気持ちがあった。
でもいつからだろうか。それが普通だと勘違いし始めたのは。
『トントン、まだお仕事終わらなさそう？』
「すまん。もう少しやから先に寝とって」
『…うん。わかった』
この日から一緒に寝ることが減った。
『お仕事お疲れ様。ご飯どうする？』
「…疲れとるから寝るわ」
『そ、か…わかった。起きて食べたくなったら食べてね』
いつしかAと飯を食うこともなくなった。
『トントン、次の日曜休みだよね？よかったら久しぶりにどこか行かない？』
「あー…すまん少し休みたいわ」
『…そうだよね。ごめんねワガママ言って』
彼女と最後に出かけたのはいつだっただろう。
そうやって少しづつ生まれていった俺達の間のヒビは修復することも困難なくらい大きくなっていたのに、俺は気づけなかった。
自分の事ばかりで彼女の気持ちなんて少しも考えられなかった。
だから、
『トントンは悪くないよ。私が勝手に疲れちゃっただけ』
『だから、もう、終わりにしてもいい？』
ただ1人愛している人にそんな事を言わせてしまった。
あの時、何か言えば“今”が変わっていたはずだ。
だが、俺には、あの時の俺には、Aをこれ以上縛りつける事は出来なかった。
ゆっくりと部屋を見渡しても何処にも彼女の姿はない。否あるはずがないのだ。
いつしか色のなくなった部屋の中でぽつりと呟く。
「…もうおらんのにな」
静まり返る部屋に響く俺の呟きはそのまま闇に飲まれていく。
これが夢ならばどれだけいいだろう。
そんな事を毎日思いながら俺は今日も独りで眠りについた。
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