誰も (ページ10)

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10 黒狼ページ10

役所から劇場まではかなり距離があった。
貧乏旅行なので徒歩で
向かわなくてはならない。
劇場を訪ねてみたが、もう灯りはない。
公演も終了していた。
それなら、明朝訪ねてみようと、
劇場の裏の狭い隙間で眠ることにした。
生え散らかされた雑草、湿っぽい匂い。
それでも、切り取られた星空が見える
この場所はひどく落ち着いた。
青黒い海に、ちらほらと。
灯台のように光る星たち。
私がそれに見蕩れていた時のことだ。
｢お仕事のご依頼ですか？｣
頭上から、男の声がする。
しかし、姿は見えない。
私も卯月兄も慌てて立ち上がって
辺りを見回した。
｢その様子だと、違うみたいですね。
警察でもなさそうだし。｣
男はだるそうに話す。
だが、それにしても、から
声のトーンが変わった。
｢なんてもん被ってるんですか。
これ、本物でしょ？｣
気づけば男は目の前にいて、
私が被っている狼の毛皮を強く掴んだ。
黒い肌、黒い髪。その中に、
明るい茶の瞳が光っている。
仮面を被っているので、
素顔はよく分からない。
だが、私の率直な感想はこれだった。
｢おお、かみ……？｣
私の言葉を聞くと、男は投げ捨てるように
私から手を離した。
卯月兄が携帯していた銃を
男のこめかみに当てる。
夜が冷たいものに変わった。
｢そんなもの、効きませんよ。｣
男がそう言うと、卯月兄は間髪入れず、
｢銃弾は銀だ。昔のことを調べてたら、
あんたたちのことも良く出てくるよ。｣
と叫んだ。男は溜め息を吐いて、
両手を挙げた。
｢敵意はないんだけどな。
あ、悪いことしたら謝れって、
パパが言ってたな。ごめんなさい。｣
男は突然態度を変えた。
訳が分からない。
｢僕は、ヴァリテっていうんだ。お前は？｣
｢え、えぇっと、チョタ穹。｣
｢宇治川卯月。｣
ヴァリテはそれを聞いてにこにこ笑う。
気がつけば仮面も取っていた。
｢悪いことしたから、ただで働いてやるよ。
お前の夢は？｣
私は多少面食らいながらも、
両親に会うこと、と告げた。
ヴァリテは、いいね、と言ってまた笑う。