What's your color？【短編集】

もっと 檜皮 ページ28

｢あああああもう！｣






問題集から目を離し天を仰ぐ。





｢A｣




正面に座っているのは野崎さん。
学校の図書館で司書さんとして働いている人。
受験が近い今、毎日のように図書館へ来て勉強を教えてもらっている。




｢どこがわからないの｣
｢ここの訳…どのゆかしだよ…｣
｢あー…｣



問題と向き合う野崎さん。
今日は古典だけど、どの教科をやっても、
俺国社以外は苦手だよ、
なんて言いつつも毎度わかりやすく解説してくれる位には頭がいい。




｢古典って回りくどくて嫌…｣
｢確かに、直接的表現は少ないね｣
｢ゆかしってなんだー！｣
｢はっはっは｣




敬語もわけわからないし、同じ言葉なのに意味が違うとかどういうこと！





｢馬鹿だから伝わらない、脳に届かない｣
｢…｣
｢ちょっ、哀れまないで！｣
｢ははは｣






授業では出来て当たり前、そうやって進んでいくから一度聞くタイミングを逃すともう終わり。




｢じゃあ現代語訳に必要な事項だけ覚えて｣
｢えっ文法とか嫌い｣
｢いや、文法が全てじゃないよ｣




まず昔の職業を覚えること。どれ位の地位なのか。今の日本よりも身分差がわかりやすいから。
これを覚えると名前なのか役職なのかで迷いづらい。し、敬語も自ずとわかるようになる。



｢それだけで話が読みやすくなると思う｣
｢あー…確かに｣
｢無理して意味や文法を全部覚えなくていい｣



それに、楽しいと思わないなら無理しなくていい。ただ少し足を踏み入れれば、もしかしたら、新しい面白いに出会えるかもしれない。



そう言って野崎さんは微笑んだ。
胸が少しキュッとしたのを、きっとただの勉強疲れだと言い聞かせ、言われた事を実行してみる。






｢そろそろ閉館の時間だ｣



野崎さんが声をかけてくれてふと気づく。そんなに時間が経ってたのか、と。
苦手だと感じていた古典の勉強にこんなに没頭したのは初めてだと思う。




｢野崎さん、ありがとう｣
｢いえいえ｣
｢なんか、好きになりそう｣









｢えっと、それは…俺のこと？｣




少し照れた、困ったような笑顔をこちらに向ける。
今のは古典の事を言ったんだけど、確かにちょっと図星だったから動揺してしまう。




｢ち、ちが！いや違わない…？｣



野崎さんはコンランしている！



｢え？え、え、あぁ、古典？古典か｣



ごめん、と顔を覆う野崎さん。こんな野崎さん知らない。もっと、もっと知りたい。
あぁ、これが、『ゆかし』なんだ。

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