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一人カフェに残って他科目の課題にも手を付けていたら、バイトまで30分を切っていた。幸いバイト先は大学と自宅の中間にあるので遅刻の心配はなさそうだ。
駅からやや小走りで向かうと、ちょうど裏口からハンくんが出てきた。どうやら今日はすれ違いらしい。
「今終わったの?お疲れ様!」
「あ…どうも」
会話が全く続かずやや気まずい。それに気付いてかハンくんは「じゃあ」と隣をすり抜けていくため、思わず呼び止めた。何をしてるんだ自分。
彼は不思議そうに私を見つめている。自分でもどうして呼び止めたのかわからない。特になにか言いたいことがある訳でもないし。ただ呼び止めてしまった手前、何か言わなければ。
「あーっと…、あ!そうだ!私たち同い年なんだよね?」
「…そうなんですか?」
「バンチャンさんが言ってた」
「…へえ」
「だからね、ハンくん敬語やめない?壁があるような感じするし!」
「…でも先輩なんで」
「いや、全然いいから!じゃあもう敬語やめよう!先輩の指示です!…あっ、これパワハラ?」
まくし立てるように話してしまった。引かれていないだろうか?
恐る恐る視線をやるとハンくんは真ん丸な目をいつもより大きくしてポカンとしていたが、少し上がった口角を手の甲で隠すようにして、「わかった、先輩がいうなら」と言って控えめに手を振って帰って行った。
…彼が笑ったところをちゃんと見たのは初めてだった。いや、正確にはチャンビンさんやバンチャンさんと楽しそうに話している時に見たことはあるのだが、やはり自分に向けられた笑顔というのは格別嬉しいものである。
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作者名:浅葱 | 作成日時:2023年9月25日 12時