37 ページ37
「…A？」
携帯の向こうから彼の歩く足音と共に、街中の雑音や、寒さの中鼻を啜る音がする。
彼もこの寒空の下どこかを歩いているらしい。
きっと私に幻滅しただろうに何も言わず、ただ私が話し出すのを待ってくれる優しさがやけに涙を誘う。
「ジソン、くん…、今どこ、？」
「待って、泣いてる？」
「話が、したくて」
「…話？」
「あのね、さっきの事なんだけど…っ」
先程の状況を説明しようとした時、電話口から聞こえていた足音が止まった。
俯いていた視界の隅っこに、見慣れたスニーカーが見える。
「何してんの、こんな寒いのに」
携帯から聞こえる声と同じ言葉が、少しの時間差を生じて頭上から聞こえてくる。
見上げるとジソンくんがいて。
良かった、戻ってきてくれた。
ジソンくんは寒さで震えている私を見兼ねて、着ていたジャケットを肩から被せてくれた。ジソンくんの暖かさを感じるには十分で、ついもっとと服の端をきゅっと握りしめた。
「風邪ひくよ」
目の前にしゃがみ込んで、私と目線を合わせてくれる。その目には、私への軽蔑や愚劣といった感情は含まれていないように見えた。
「…待ってた」
「俺を？」
「うん」
「どうして？」
「さっきの、誤解されても仕方ないようなことしちゃってたけど本当に違うの、本当にただの友達で、酔った私を送ってくれただけで、」
「Aはさ、」
話を聞いてくれている間に済ませなければ、と一息で必死に言葉を紡ぐ私を遮って、ジソンくんは言う。
「どうして俺にそれを伝えたかったの？」
「え…？」
「俺があのまま勘違いしてても、Aにとっては大きな問題じゃないでしょ？」
「ぜんぜん、そんなことない。ジソンくんにはちゃんと説明したくて、」
「なんで？」
「っ…」
「俺に勘違いされたくない理由があるの？」
ただ真っ直ぐに私を見つめる彼の目は、心の中まで見透かしているような、そんな気がした。
ここで嘘をついたって彼にはすぐにバレるんだろうな、と思っても本当の事なんて言えるわけがなかった。
「…軽い女だと、思われたくなくて」
つい出た言葉は、こんな寒い夜に何時間も彼を待っていた理由としては釣り合わない。それはきっと彼も承知だろう。
それでも彼は理解したフリをして、そっかと返してくれるんだ。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 630人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：浅葱 | 作成日時：2023年9月25日 12時
