凪の彼方 (ページ39)

今日:18 hit、昨日:42 hit、合計:43,117 hit

39 ページ39

waku side

檜山「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」

よそ行きの顔をした檜山に案内されたのは彼女が一番よく見える2人がけのテーブル席だった。

シンプルなドレスを着てこの空間や客の会話を調和させるように優しい音色を奏でるAに思わず息を飲む。

内村「…ひやま、なに、どういうこと…？」

彼女を見つめたままじっと動かない俺の代わりに颯太が説明を求める。

檜山「Aちゃん、ここ最近ずっと営業終わりとかにピアノ弾いてたんだ。それでオーナーが月1のディナーイベントに弾いたらどうだって。」

ずっと私なんか出来ないって断ってたんだけど、…変わりたいって思ったんだって。
言葉にするのが難しくても音楽なら自分の気持ちを湧とうっちーに伝えられるかもってやることに決めたみたいだよ、とAが隠していたであろう事の経緯を教えてくれた。

元木「A……」

檜山「ふたりにお礼がしたいんだって。……じゃ、ごゆっくりどうぞ」

そう言って檜山はカウンターにいる深田と黒田の元へ行ってしまった。

曲が終わり少し空白の時間が出来た時
ちらっと横目で店内を見回したAと目が合った。

『…来てくれてありがとう』

そう小さく呟いて笑うAがあまりにも綺麗で

あぁ、俺はこの顔が見たかったんだ、自然と込み上げてくるものがあった。

そうしてまた再開された曲はAと初めて会った時に弾いていたあの曲で。

元木「……っ、続き、やっと聴けた」

言葉を発しなくても音色を介して伝わってくるAの気持ちに
俺は周りの目も気にせず溢れ出てくる涙も拭わずにひたすらに耳を傾けた。

颯太も曲が鳴り止むまで微動だにせず、Aの音色に涙を流していた。

いつの間にかザワザワとした客の会話が大きくなり、演奏が終わっていたことを知った。
気付くと綺麗なドレスを着たAが俺たちのテーブルへと歩み寄っていた。

その顔はやけにスッキリとしており、
前だけをただ真っ直ぐ見てこちらへ近付き今までに見たことのないほど優しい笑顔を浮かべている

『湧、颯太』

涙で震える声すらも美しいと思う程
愛おしさで満たされていた。

・