凪の彼方 (ページ35)

今日:3 hit、昨日:42 hit、合計:43,102 hit

35 ページ35

kosei side

あれからAちゃんはお客さんが居ない時にピアノを奏でるようになった。

素人の俺にもわかるくらいの腕前で、
それ以上にAちゃんの音色は言葉にするのが難しい感情みたいなのが痛いくらい伝わってくる、そんなピアノだった。

ピアノのこと、湧達に言わないの？と聞くと、
何となく今はまだ自分の中で整理中だから恥ずかしいな、とAちゃんらしい答えが返ってきた。

『前に1度弾いた時はね、楽しかった時のこと思い出すのが辛くて途中でやめちゃったんだ』

檜山「湧とうっちーが盗み聞きしてたとき？」

『ふふっ、そう。……湧があまりにも私の音を真剣に聞くからなんか心を見透かされてるような気がして…恥かしくなって、途中で忘れたフリしたの』

あの時から湧は人と正面から向き合う漢気のある人だったんだー、と懐かしそうに笑う。

檜山「……湧が好き？」

『…うん。でも、』

愛おしそうに目を伏せるAちゃんは
窓の隙間から差し込む夕日に当てられてキラキラしていた。

『…大事な人だから、ちゃんとした自分で隣にいたい。…そう思うから今はまだこの気持はしまっとく』

檜山「……そっか、…なんかAちゃんが前向きになってくのを感じて俺はちょっと泣きそうだよ、親心的なやつ？笑」

『ふふふ、笑。……ありがとう』

でもね、と顔を上げ目が合う

『湧だけじゃなくて、颯太も檜山くんもみんな私にとって大事な人達だよ。だからこれからもよろしくお願いします』

ぺこりと頭を下げて微笑むAちゃん。
あれ、こんな風に笑う子だったかな、と柔らかい笑顔を向けられてつられて俺の口角も上がる。

オーナー「お二人さん、ちょっといいかい？」

オーナーの声に2人で応える。

さざ波の聴こえる小さなカフェに時折響く綺麗な音色。
この居心地の良い空間を作り出しているのは紛れもないAちゃんだった。

もがいて苦しそうにしていたAちゃんが、湧に支えられながら少しずつ立ち直っていく姿を見て俺も他のやつも自然と勇気が湧いた。

外野の俺たちができることは何も無いと思っていたけど今は違う

できることがあるかは分からないけど、
なにか役に立ちたい。

俺たちにできることはなにかないのだろうか。

・