凪の彼方 (ページ29)

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waku side

颯太の後押しもあってあの一件から俺もAに対する言いようのない気持ちが落ち着いた気がする。

元木「…もう痛くねえの？これ」

『…うん』

傷痕をなぞる手が震える。
これを見る度に今Aが隣にいることが当たり前ではないことを思い知らされて少し怖くなる。
それでも俺はやっぱりAに笑って欲しいんだと傍にいれば居るほど実感して、
モヤモヤとしていた気持ちに折り合いをつけることが出来た。

元木「明日病院の日だろ？俺午後から授業ないから送ってく」

あれから少しずつAを取り巻く環境は変わっている。
彼女の生きづらさに名前が付いて、ほんの少しだけど安心した。

不安定なAにあてられるんじゃないかと颯太は俺を心配してたけど、
彼女が自分の心を受け入れる決心を傍で見て俺自身も自分の過去に折り合いをつける覚悟が出来た。

元木「俺さ、中学の頃母親を亡くしたことがきっかけでしばらく薬貰いに行ってたんだ」

『もしかして高校の時くれた薬のこと…？』

10代の頃の俺はあの日の嫌な光景がフラッシュバックして常に頭痛薬が手放せない状態だった。
よく颯太にも心配かけて、ぶっ倒れて泣かせたこともあった。
少しずつ症状は落ち着いて今では殆ど飲むことはなくなったけどお守り代わりに常に持っている。

元木「俺でも前に進めたんだ。…だからAも大丈夫だよ」

『…ありがとう。…本当に湧はいつも私を助けてくれるね』

本当は自分を取り巻く環境が目まぐるしい速度で変化していくことにずっと不安だったんだと思う。
震える肩を抱き寄せれば小さな呼吸音が聞こえてくる。

『湧のそばにいると、ちゃんと息ができる気がする』

そう言いながら俺に頭を預けしばらくしてすやすやと寝息に変わった。

内村「…こんなとこいたら冷えるよ…って、…珍しい寝れたんだねAちゃん」

ベランダにいた俺たちに飲み物を持ってきてくれた颯太が眠るAを愛おしそうに見つめる。

もう少しこのままいよっか、と傍に腰を降ろし顔を見合わせる。

元木「そーた、ありがとな」

内村「えー？なにが〜？」

元木「俺はお前に助けられてばっかだよ」

内村「それは湧も同じでしょ。湧の無差別な愛情に助けられた奴がここに2人もいるんだから」

今も昔もこいつはなんでもない顔をしながら正しい方へ導いてくれる。

頑張ろうねと俺の肩に手を置く颯太
波の音と小さな呼吸音に酷く安心した。

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