魅惑のデコルテ (ページ1)

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ダンボールｰ red ページ1

…

この部屋って、こんなに広かったっけ。

一度キャンパスに描いたら、そのキャンパスが完全なる白に還ることは絶対に無かったはずなのに。私の目の前に広がる景色は昨日までそこにあった思い出の全部が、白に還っていた。

歯ブラシも1本。コップも1個。そこにあったはずの何本ものギターも跡形もなく消えている。

彼が居た片鱗を感じる物はこの部屋の広さと、クローゼットのなかに残る彼好みの洋服達。

「じゃあね、元気で」

そして、彼の最後の言葉。

大きな黒のキャリーケースを引いた金髪の彼は私のことをしっかりと見て、眉を下げながら笑った。
せめて突き放してくれれば君のせいに出来たのに、最後までそんな優しくするから。心にぽっかり空いた穴が塞がろうとしないの。

君の温もりの分だけ、無色透明。飼い主を失った野良猫みたいに私はここにいるよ。ねえ、冗談だよってまた戻ってきてくれないのかな。

…──プルルル──…

広い部屋に無機質な着信音が響いた。
もしかしたら彼なのかもしれない。そう思って藁にもすがる思いでスマホを取ればそこには彼の名前…じゃなくて、彼の友達の名前。

「もしもし。ジェシーくん？」
「ああ、うん。おはよ」

時計を見ると、長針は10を指していた。
私はもうとっくに夕方ぐらいの気分だったけれどそうでもなかったみたい。私の思い出が途絶えた時刻に、みんなの一日は始まっているなんて皮肉。

「どうしたの？」
「今からそっち行ってもいい？」
「……え？」
「家。Aの」

率直で唐突な返しに少し戸惑った。私とあの人との関係を知っていたジェシーくんは、なるべく邪魔しないように気を遣ってくれていた記憶がある。

だから "家行っていい？" なんて聞かれたのは初めてのことで。でも今ではもう、断わる理由すらない。なんてったって、この広い部屋は私だけのモノ。

簡単に男の人を家に入れようと、私の勝手。

「…うん、いいけど」
「マジ？じゃあ30分後ぐらいにそっち向かうわ。また近くなったら電話する」

いつものおどけたジェシーくんの声とは少し違う気がした。