やさしい食卓三。【SS】 (ページ8)

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六十八。スローモーションページ8

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今日一日、彼の真っ直ぐな思いに触れて

胸が一杯になる

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「櫻井さん、今日は本当にありがとうございました」

すっかり人気の無くなったガーデンプレイスのセンター広場を抜けて

私の隣に並んで歩く櫻井さんに、今日のお礼を伝える

「こんな風に男の人と…デートしたのも」

「こんな風に、誰かに誕生日を祝ってもらったのも、本当に久しぶりで」

「すごく、嬉しかったです」

こんな気持ちになったのは、本当に久しぶりだ。

私がそう言うと、彼は歩みを止めて

少しの間、立ち止まる

『…あのさ。ここからAさん家まで、歩いて帰らない？』

“ちょっと歩くけど…” そう言って私の反応を伺う彼。

ここからだったら、歩いて20分くらいかな？

そんなに大した距離じゃないし、私は全然構わないんだけど

『そうすれば、まだもう少し、そばに居られると思って』

ああ…そっか。

「そうしましょう。ここからの道、歩くと気持ち良いですよ」

私がそう応えると

彼は何か考える素振りをしてから、私に自分の左手を差し出した。

あ、これは…

『…ダメ？』

やっぱり、そういうことだよね

彼が言わんとする事が分かり、おずおずと彼の左手に私の右手を重ねてみる

その瞬間

彼はその大きな手で私の手をギュッと包み込んで、優しく笑いかけてくれた

『じゃ、行こっか』

そう言う彼につられて、私も思わず笑顔になって

またこの道を、並んで歩み出す。

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『…あれ？Aさん家、近いな』

恵比寿から代官山にある私の家までは、それほど長い距離ではなくて

彼は思いの外早く到着した事に驚いたようだった。

ここまで、そんなに言葉を交わす事なく歩いてきたけど

何故だろう、彼とは会話が無くても息苦しく感じる事はなくて。

繋がれた手から伝わる温かさが、心地良くて

離してしまうのが名残惜しく感じる

「あの…今日は、楽しかったです」

やっとの思いで出た私のその言葉に、彼は “…俺も” と言って、繋がれた手に視線を向ける。

どちらとも一向に手を離す気配が無くて

どうしよう、そんな風に思っていると

彼が繋いでいる私の手を引いて、その口元に近付けるのが、まるでスローモーションのように私の目に映った

そして次の瞬間

彼は、私のその右手に

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そっと一つ、キスを落とした。